KORAIGAINIMOKATARU

子らに語る時々日記【抜粋】

とってもいいお医者さんが苦楽園にやってくる


この10月1日、さいとう耳鼻咽喉科クリニックが開院となる。
場所は苦楽園。

阪急苦楽園駅西口を降りてすぐ。
駅からホップ・ステップの至近距離にあってジャンプは不要。

真ん前を阪急電車甲陽線が走り、その向こうには桜並木で名高い夙川が流れる。

院長である齋藤幹先生は、大阪星光33期のひとり。
好人物だ。

「ミキ、ミキ」と皆からファースト・ネームで呼ばれ親しまれた。
33期のうちファースト・ネームで呼ばれたのは、ミキの他には、タロー、アキオ、ワタル、ヒサオ、後はタコちゃんくらいであろうか。
ざっと片手で数えるほど。

星光生であるから、地の塩・星のしるべ、学識高く勤勉真面目であるのは当然で、加えて、朗らか優しく、友達思いで子煩悩。
ミキがいれば周囲がパッと明るく、楽しく温かな空気に包まれる。


苦楽園と言えば、芦屋ラグビースクールのお膝元と言ってもいいだろう。

うちの子ども達は芦屋ラグビーで鍛えられ育てられたようなもの。
いまも当時を思い出し、感謝することしきりである。

第一に、お遊びではなく真剣に、楽しくあっても「真剣に取り組む」という在り方を学ぶことができたように思う。

時に厳しいコーチ陣も、実は情が深く思いやりのある方々であった。
練習を取り巻く父兄らについても、我関せずといった傍観者風はおらず、それぞれのスタンスで何かしら役割を担って労を費やしていた。

ありとあらゆると言っていいほどバラエティに富んだ方々がいて、そのほとんどがよき人で、なるほどラグビー、前向きな人間関係が築かれる。
子を託すうえで最良のコミュニティではないかと当初感動したことが記憶に新しい。

コーチ、父兄、先輩後輩、チームメイト、そして相手チーム、関係者。
これほど多彩豊穣な人間関係の場に置かれたことは、思春期を前にする子にとって無限大の恩恵であったと思う。

真剣に取り組み、負荷があり、上達があり、めまぐるしいようなコミュニケーションがあった。
結果が伴い勝利できれば更に喜び増し意欲高まりこの好循環が強化されていく。

うちの子らの人としての基礎は芦屋ラグビーで培われた。


その芦屋ラグビーのお膝元に33期同期の齋藤幹先生が開院するというのは、マッチングとして絶妙であり、何とも喜ばしく嬉しい話である。

子ども好きの彼のこと。
子ども達からは、齋藤先生というよりは「ミキ先生、ミキ先生」と愛されるのであろう。

そして、風邪でも何でも気軽に相談しやすいミキ先生の人柄である。
地元の幅広い層に頼られ親しまれていくことになる。

日本代表が南アフリカを下し、折しもラグビーブーム。
芦屋ラグビーのますますの興隆を予感しつつ、今後、地元の子どもたちが熱いタックルするみたいにミキ先生になついていく様子が思い浮かび、楽しい気持ちとなってくる。

1989年6月に始まったFM802のSUNDAY SUNSET STUDIOが昨日最終回を迎えたばかりで何となく寂しい気がしていたが、苦楽園に「さいとう耳鼻咽喉科クリニック」が開院すると思えばパッと心に日が灯る。
補って余りあると言えるだろう。

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