KORAIGAINIMOKATARU

子らに語る時々日記【抜粋】

門戸厄神きらく寿司が素晴らしい


壮年男子であれば必ず厄除祈願のお参りをし、そこで頂いた剣先御守を財布にそっと忍ばせ、受験生であれば本番前に訪れて破魔矢を授かり、これで安心、その呪力が身に降りかかろうとする不運悪運を切り裂き蹴散らし、平穏無事な日常の恩恵に与ることができる。

だからこそ参拝者が引きも切らない門戸厄神東光寺であるが、そのお寺の麓、阪急門戸厄神駅から南へ徒歩5分という場所に、きらく寿司がある。

火曜夜8時の待ち合わせであった。
自宅から西宮北口まで歩き阪急宝塚線を使う。

日はとっぷりと暮れているが、残照はあって空はほんのり明るく淡い群青色に染まっている。
昼とは向きが変わり山から海へと風が流れる。
北にひかえる山と南に広がる海の距離は狭く、急流を下るように風が淀みなく吹いて心地いい。

昼日中の熱に灼かれた街が優しく慰撫され始める。
そのような時間帯である。


暖簾をくぐりカウンターに腰掛けしばし待つ。

店の入口に「つづいてこそ道」「習い一生」としたためられた額縁が掲げられている。
その含蓄ある言葉を味わっていると鷲尾先生が現れた。

ビールで乾杯し、きらく寿司の粋を集めた料理を堪能する時間が始まった。

まずは刺身盛り合わせ。
引き続き、鮎の焼き物に、鱧のフライ。

未知の味覚を開拓されるような喜びを覚える。
なんて美味いのだ。
一口一口味わって食べる。

握りへと進む。

単なる寿司ではない。
お米は吉野で取れる特別なものしか使わず、ネタもそこらを普段着でうろついているような素性不明な三下ではない。
握りの技術も高く、えっと感動するような小技が随所に散りばめられている。

食の幸福とはこのようなことを言うのであろう。

次回は必ず家内を連れてこようと心に決めつつ、あっちふらふらこっちふらふら定宿のない流浪者のように二線級の寿司屋で感動している岡本や谷口が気の毒に思えてくる。
彼らも誘いそして、阿部もタローも、ここで合流すればいいのだ。
33期阪神支部の食事処はここで決まりだろう。


食事がいいだけでなく、客層もいい。
皆が物静か上品に、アートの域の食を堪能している。
いい雰囲気だ。

そして、メインストーリーとして繰り広げられる寿司のライナップの流れに、サブストーリーとして数々の逸話が挿入される。
これがまた楽しく、食を盛り上げる。

若旦那の話が面白い。
塾の話と廃品回収。
武家屋敷の壁を壊した話。
高校入学式で即退学になった友人がしでかしたこと。
包丁刺さって手負いのままいつもどおり寿司を握った話、これは魚の骨が喉に刺さった場合は耳鼻咽喉科で診てもらう必要があるという話題がきっかけとなってどういう訳か刺さったつながりで包丁が登場したのだった。
地震が大きな転機となった話、これには少しジーンときた。

もちろん大将がする話もキラリ輝く。
極道風情の客に向けた一言、店を大事にする大将の気持ちがひしと伝わった。
彼女ができた息子に1万円札を添えてした贈り物、父が子を思う気持ちに感動し私も真似させていただこうと決意した。
二年間負けなしであった麻雀の話については、超一流の寿司職人の手技の凄みを物語るものであった。

女将さんも給仕する関学女子の話も印象深かった。

どれもこれも記憶に残るインプレッシブな話ばかりであり、寿司を食べつつ様々な場面が目に浮かび、まるで楽しい映画でも見たような後味であった。

これぞ、食事。
実に素晴らしい時間を過ごすことができた。


夜11時をまわって、鷲尾先生と帰途につく。

きらく寿司の若大将は、鷲尾先生の小学校時の同級生だ。
地元の町の同級生つながりといった肩のこらないざっくばらんな関係が、鷲尾先生をとりまいて繋がっていく。

わしお耳鼻咽喉科の存在も同じようなものなのだろう。

人が人を呼ぶ、つまりその根本には人がある。
親しみやすさや安心感といったものがそこから湧き出し、暖流のように周囲へと伝わっていく。

きらく寿司に今夜も人が集まるように、わしお耳鼻咽喉科を頼って今日も人が集まる。
根っこは同じ。

子らの近況を互い話し合いつつ川沿いを歩く。

靄かかったような夜空南東に、膨らんだような暖色に光る月が浮かんでいる。
日中の熱で空気はまだ分厚く膨張したままなのだろう。

月は右から欠けて右へと満ちる。
まもなく下限の月となり、ゆっくりと欠けて新月となるのがちょうど8月15日。

お盆休みが明けた頃、また右へと光が満ち始めることになる。

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