1
受験を終えて以来のこと。
土曜日の学校帰り、久しぶりに二男が事務所を訪ねてくれた。
まずは昼を食べようと誘う。
二男は無類のラーメン好き。
近くにできた濃度8へ向かう。
昼の時間帯はとっくに過ぎていたので空席があった。
待つことなく着席し目玉商品だという「あとめしセット」の食券を買う。
待つこと数分。
まずはラーメンが運ばれてきた。
濃厚である。美味い。
二男と向かい合い、無言で麺をすする。
おそらく長じれば一緒に酒を呑む。
未成年の間は、ラーメンが男子の交流を媒介してくれる。
あとめしがやってくる。
店員に教えられたとおり、残しておいたラーメンのスープを5さじ、6さじとレンゲでかける。
石焼ビビンバみたいに熱せられた器が音立てて反応し、濃厚なトンコツの風味が沸き立つ。
麺を食べたばかりなのに、食欲が仕切り直しされた。
二男と時折視線を合わせつつ、ふーふー言って平らげる。
至福とはこのようなことを言う。
2
汗ばんだ後は、風呂となる。
夕飯に添える刺し身を商店街の満海で買う。
ヒラメ、サーモン、マグロ、タコ。
魚は満海以外では買わない。
満海の魚を食べるようになると例えばスーパーなどの刺身など、生ゴミのようにしか思えなくなる。
果物屋で家内に頼まれたイチゴを買って買物完了。
クルマに乗り込み、二男に聞く。
風呂であれば一休か、熊野の郷か、みずきの湯か、さてさてどこがいい。
受験期間中はもっぱら一休に通ったものであった。
二男が言う。
銭湯がいい。
こじんまりとした銭湯の方が落ち着く。
やはり我が子、私と似ている。
それで西九条の大福湯に向かったのであった。
ここら湾岸区ではもっとも清潔なお風呂屋さんである。
ところで今日は、大阪都構想の賛否を問う住民投票の日。
過去最大規模、211万人の有権者が審判を下す。
私は大阪市民ではないけれど都構想には賛成だ。
性急な改革は予期せぬリスクを伴うとは重々承知した上で、それでも大阪の断末魔を見れば、多少手荒であろうと荒療治が必要だと思わざるをえない。
例え失敗するにせよ、何らかもがいて打ち手を繰り出していくダイナミズム自体が今の大阪に最も求められているものであろう。
悪あがきでもしないことには、かつて文化と経済の一翼を担ったこの上方の地は、このまま浮上せずますます沈下したままとなるに違いない。
まずは、府市に分散した意思決定の機関を、都として1つに集約し、大阪の世界戦略を構築し試行していく。
そうであってこそはじめてナニワの「おもしろみ」が活きるのだと思う。
話はそこからであると期待するところであるが、投開票の蓋を開ければどうやら都構想は廃案に至る雲行きのようである。
どれもこれも気概を欠いたような面構えの市議団らが必死でした命乞いの声が勝ったのであろう。
斜陽の大阪が度合いを深めながらこのまま陰っていく。
大阪に株価というものが存在するのだとすれば、急落の日と言うことができるかもしれない。
3
二男にとって初めての訪問となった大福湯のサウナには、運良く大福ブラザーズが既に陣取っていた。
どこかの会社帰り、一杯呑む前にこのコンビは大福湯でひとっ風呂浴びる。
サウナで繰り広げられる二人の会話は上方漫才新人賞レベルを軽く上回って面白い。
ぼそぼそと交わされる何気ない会話に笑いの種子が敷き詰められている。
それで私は彼らのことを、密か大福ブラザーズと呼ぶのであった。
私たちがサウナに入ったとき、こんな風に会話が始まっていた。
太郎:「デブって二種類やな」
次郎:「おれもその話しようと思ってたんや、松田系と三浦系のことやろ」
太郎:「そうそう。それにしても最近の三浦さん、デブの度が過ぎるんちゃうかな」
次郎:「あれやばいな」
太郎:「本人はあんまり自覚ないんやで。ますますデブやのに飲み会のとき、なんか三浦さん頑張ってはるやん、化粧とか服とか」
次郎:「あれ、やっぱり頑張ってるんや、頑張るとこ間違ってるよな」
太郎:「ちょっとなあ。自分がブヨブヨってことの問題意識がないんやで」
次郎:「ブヨブヨより、身が詰まってる感じの松田さんの方がまだ見れるよな」
太郎:「松田さんってめちゃ腕相撲強うそうやな。俺絶対負けるわ」
次郎:「松田さんは確信犯的にカラダを強くしてるんやで。理由わからんけど」
太郎:「松田さんは努力型のデブで、三浦さんは堕落型のデブやということやな」
次郎:「究極の選択やけど、努力型の方がまだましやな」
太郎:「まじ?本気?おれはどっちもあかんわ、自分、松田さんに行くか、勇者やな」
聞かぬふりしてこのような会話に耳傾け、笑いを堪えつつ暑さにも耐える。
いよいよ限界に達したときには冷え冷えの水風呂にざんぶと飛び込む。
二男とは都合三回サウナに入った。
湯船に浸かって、風呂はいいねえと語り合い、大満足しそして大福湯を後にした。
クルマの窓を開け、夕刻の風が入ってくるにまかせる。
ああ、気持ちいい、二男が言った。
あ、と思い出したように二男が慌ててAMラジオをONにし、野球中継に聞き入り始めた。
スワローズが2点を追う展開、その言葉をキャッチし二男はよっしゃと喜んだ。
阪神勝ってるやん。
最近の野球事情には疎くても二男もやはりトラキチの端くれなのであった。
二男の喜んだ顔を見ていると、私も嬉しい。
まもなく家。野球中継がジャイアンツ対スワローズを伝えるものであることは、言わずに置いた。