KORANIKATARU

子らに語る時々日記

甲子園球場から始まるフィールド・オブ・ドリームス


真夜中、ドンッと物騒な音が響いて目が覚めた。
公園のカラスが甲高く鳴き始める。

ものがどこかで落下した、そういった話ではないと即座に分かる。
下から突き上げられるように揺れている。

この揺れはいつまで続くのか、と凍りつく。
幸い揺れは一瞬で収まった。

地震は場所と時間を選ばず突如襲来する。手のうちようがない。
なされるがまま、というのは恐怖以外の何物でもない。

時計を見ると未明の2時45分。
横を見ると二男も目を覚ましていた。
互いの目を見て頷き合う。

やがてカラスの騒ぎが鎮まる。
私と二男は何事もなかったように再び眠りの淵に降りていった。


二男に言う。

想像してみよう。
朝目覚めたとき、目の前の公園でこんな光景が繰り広げられていたら、どう思う。

場所は甲子園球場。
選手がライトに照らされている。

抜群と形容するだけでは全く足りない。
伝説になるほど図抜けて野球の上手な精鋭たちである。

凄まじい域の手練が集結し、腰抜かすほど速い球を投げ、それをガツンと打ち返し、複雑なバウンドのゴロをしなやかさばき、ドンピシャ正確なスローイングをする。

こんな光景を家の前の公園で目にすることなどあり得るであろうか。
あり得ない。

つまり、ここ甲子園球場は夢のような場所なのである。
まさにフィールド・オブ・ドリームス。


二男は言った。
悔いのないくらいにビールを飲んでいいよ。

田中内科クリニック院長からタイガース戦のチケットを2枚もらい、雨降りませんようにと指折り数え、二男とともにこの日を迎えた。

甲子園球場は、超絶な野球ショーを鑑賞しつつビールとおつまみが楽しめる特等レベルの露天居酒屋とも言えた。

好きなもの食べまくろう、と私も二男も意気込んでいた。

私は綺麗どころからビールを買い、二男はと言えば綺麗なお姉さんのいるカウンターでおつまみを調達してくる。

実のところ甲子園球場は美人についても学ぶことのできる心伸びやか開放系の空間でもあるのであった。

甲子園口商店街の名店で大量買いした焼鳥を隣に座る二男と分け合う。
ビールをグイッグイッと飲み干していく。
スコアボード最上段では国旗が風にはためき、時折、白球が天高く舞い上がる。

修学旅行で甲子園球場を訪れたという学校の生徒がスコアボードのスクリーンに映し出され紹介される。
この日は、愛媛からそして高知から、合わせてふたつの中学校の生徒がアルプススタンドからタイガースに熱い声援を送っていた。

スタンドのあちこちから彼らにエールが送られ、タイガースファンの一体感が増していく。

祝祭の儀が賑やか執り行われる場。
甲子園球場については、そう捉えるのがもっとも的確であろう。


この日タイガースは連日の延長戦を制して通算5000勝目となる記念すべき勝利を収めた。

10回裏までは球場で粘って観戦したがそこで帰宅したので、11回裏のサヨナラのシーンは家のテレビで見届けることになった。

フルカウントから投じられた最後の球はストライクに見えた。
長男含めて我が家男子三人の意見が一致した。

判定はボール。
敵ながら相手のピッチャーが気の毒だ。

しかしまあ、それが野球というものなのであろう。
アウト、セーフ、よよいのよい、これが野球の憲法前文ということである。


この日、もっとも鮮烈に目に焼き付いたのはイーグルスの松井投手とタイガースの呉投手。

球場を見渡せば一目瞭然。
もっぱら動いているのはピッチャーだけである。
打席で球を待つ打者を除き、その他はすべてOFFの状態に見える。

だから、視線は投手に釘付けとなる。

松井投手のスライダーは速く鋭く美しく、呉投手のストレートは風切り音立てる程のド迫力であった。


チケットを譲ってくれた阿倍野の田中内科クリニック院長に感謝述べねばならない。
久々、二男と連れ立って、楽しい時間を過ごせた。

そう思っていたところ、今しがた、家内から連絡があった。

昨日長男が体調を崩した。
家の近所の内科で受診したところ、「訳が分からないほどに網羅的」かつ「とりとめようもないほどに曖昧」な診断を下された。

医者に診てもらったはずが、結局は不安が募るだけという何ともシュールな結果に至った。

それで今朝、家内はクルマに長男を乗せ天王寺に向かった。
そして、田中内科クリニックを訪れたのだ。

田中院長から明快な説明と適切な処置を受けることができた。
長男だけでなく家内も診てもらった。

ああやれやれ、母子ともども胸なでおろすこととなった。

昨日は私と二男が、今日は家内と長男。
何から何まで、世話になりっぱなしだ、ありがとう。


朝目覚めたとき、自分が幸せかどうかが分かる。

夢から覚めての一日の始まり。
良きものを思い描けるのであれば幸福だ。

このさき二男は毎朝、目覚めとともに目の前の公園を一望するようになるだろう。
そしてその度、この日甲子園球場で繰り広げられた強者どもの共演を思い出すことになる。

目を閉じれば、そこに彼らが出現する。
どこもかしこもフィールド・オブ・ドリームスとなる。

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