KORANIKATARU

子らに語る時々日記

家族と出会って歴史が始まった。


終日雨が降り続けた。
六月なのに肌寒く長袖のシャツに着替えて中之島に向かう。
日はとっぷりと暮れている。

出発の時間まで事務所でNHKスペシャル「生命大躍進」を見ていた。
生命史をさかのぼりDNA解析によって母の愛の起源に迫っていく、その過程に引き込まれ目が離せなくなった。

2億5千年前、卵を雑菌から守るため分泌されていた汗のような物質が、栄養成分を含む母乳へと突然変異する。
続いて、1億6千年前、レトロウイルスが外部から侵入し胎盤を形成する遺伝子が組み込まれる。

母乳と胎生、これが合わさり哺乳類が誕生した。

新しく宿った生命を守る仕組みとして胎生は卵生よりも優れている。
何かあった際、お腹にいれば卵のように置き去りにされることはなく、生まれた後も母体に守られながら栄養を得られる。

母の側からすれば、体内に新しい生命が宿り日に日に成長していく実感を得られる。
出産直後には胎盤の反応によって脳内にホルモンが分泌され幸福と愛に満たされる。

これはもう父の立場とは次元を異にする話である。
父にとって子への愛というものは、動物的というよりは社会的なものに近く、また、心理的には投影された自己愛に近いものであろう。

翻って、母については、生命の進化のプロセスに直列でつながり、しかもホルモンまで出るのであるから、文字通り、無私の愛、「わたし」という自我より先に愛がくるということになる。

敵う訳がない。
家族においては、母に張り合ってはならず、母を立てるべきなのであろう。
それが神の御心、男子はこぞって引き下がろう。

そう、まさに神の御業というしかない。
汗が母乳になるなんて水を葡萄酒にするような話であり、外部から遺伝情報が飛来して胎盤が体内に備わったなんて、へえそうなんですね、とあっさり聞き流せるような話ではない。

科学によってそれら現象については説明できても、何か足りない。
一体なんでそのようなことが起こるのかと問うて、ただ押し黙るしかない。

生き延びるために生命が進化しているというよりも、何か意味に到達するために進化しているのだと、思わず宗教的な空想に耽ってもやむを得ないことであろう。


環状線の福島駅で降り南へ歩いて5分。
Red&Blueに到着した。
市大医学部出身のお医者さんが経営する店だという。

店に入ったとき、ちょうど演奏が始まるタイミングであった。
演者と演奏の始まりを待つ客らの視線が一斉にこちらに向いた。

頓馬な闖入者となった自身に気づき、慌てて腰かがめ奥の目立たぬ席へとダッシュした。失礼しました。

待つこと5分。
我らが33期、プレジデント・グリが現れた。
演者も客も演奏に集中しておりグリは一斉注視を免れた。

うちの子らはグリについて卒業アルバムの顔写真で知っている。
25年以上も前の面影でもって子らはグリの顔を思い浮かべることができる。

その面影が、実際に道を歩き、電車に乗り、星光に通っていた当時、当然であるがうちの子らはまだ生まれていない。

一体そのとき、彼らはどこにいたのだろう。

あまりにも子らと一緒にいることが当たり前なことになり過ぎて、彼らがこの世に不在であった頃の世界が実在していたなど信じがたいような思いとなる。

私にとっては、紀元前。
子らが生まれる以前のすべては、先史の出来事、そう言っても過言ではないだろう。

それほどまでに、子が全て。
親バカなのである。


演奏の合間合間、世間話をし、グリに33期仲間の近況をレポートする。
昨年、姜くんが死にかけた以外は、全方位、慶賀な話ばかり。
めでたし、めでたし。
そのような話に埋め尽くされる。

グリから、近々、四万十川足摺岬を旅行すると聞く。

なんと奇遇。
我が家は二年前、日本最高記録の暑さを更新し続けた、彼の地を訪れた。

素晴らしい、の一語に尽きる。
家族でこれまで各所足を伸ばしてきたが、キラリ随一ひかり輝く思い出の地である。

朝、四万十の川面から立ち上る静謐に身をひたし、清流を源とする朝靄を胸一杯吸って家族で川辺を歩いた。
微笑が自然と連鎖した幸福な散歩。

昼は思う存分川で水しぶき上げ遊び、夜は星降る空を家族で見上げた。

記憶に縫い込まれたそれら各場面が、「四万十」というワンフレーズで蘇り、眼前に現出する。

良き思い出がいついつまでも胸に残る素晴らしい旅となりますように。
食事のお礼にさあ皆でグリのために祈ろう。


帰宅すると時計はちょうど12時を指していた。

二男は研修館で不在、長男はソファで眠り、そのソファを背にして家内が座っている。

ママ友とのランチについて話を聞き、夏の旅行について話し合う。

今年の夏は、さてさて、どこへ。
思い出の記録更新となるような地を探さねばならない。

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