KORANIKATARU

子らに語る時々日記

男子にとっては男子が教材


金曜、ラストスパート。
軽くこなすつもりが、何とも快調、テキパキと業務をこなす。

やはり前夜木曜のマッサージ効果。
知らず知らずのうち疲れは蓄積し、疲労が巣食うと仕事の歩幅は著しく縮減、生彩のない一日を過ごすことになる。
だからこそ自覚する以前に、疲労を除去する。
そのように心がけカラダケアのプロセスを日常に組み込み、そのために時間割く必要を痛感する。


うだるような暑さ。
天気予報で再三繰り返され聞き飽きたようなフレーズだ。

その飽き飽きするようなうだるような暑さのなか、大阪中河内方面へと向かう。
お盆に差し掛かかる頃、時間の流れが緩やかとなる。
少し足が遠のいていた事業所を訪問するのにうってつけの時期である。

東大阪から八尾に差し掛かり、昼となる。
現在地においては、清正の食べログ評価が一番だ。


ツバメ君伴い、清正八尾店を訪れた。
店頭にでかでかと一押し表示されていた全部載せラーメン、それにトッピングとして半チャーハンを注文する。

当たり、であった。
スープのコク、麺の歯ごたえ、チャシューのとろとろ加減、すべてバッチグー。

チャーハンも実にいい。
お米の一粒一粒に丁寧に火が通って香ばしい。
これなら大盛りであっても飽きることなくモリモリ美味しく食べられる。

ツバメ君を見ると、頷いている。
ご満悦、ということが分かる。


道中見かけた足場工事の現場の光景がふと浮かぶ。

灼熱のなかヘルメットを被り長袖を来た作業員らがずっしりと重い足場のパーツを一本一本トラックの荷台から慎重に運び出している。

重さと暑さと作業への集中で、表情は険しい。
体力の消耗は半端なものではないだろう。

そのような若者こそがこのようなラーメンを食べるべきなのであろう。
クルマの助手席に座って客先で喋るだけなのに、これは食べ過ぎ、私についてはカロリー過多にもほどがある。

反省する。
ラーメンシリーズはそろそろ幕引きとしなければならない。


夕刻、高校野球中継を時折眺めつつ帰途につく。

鉄の玉みたいに硬いあのボールをこれだけ巧みに扱うのは並大抵の運動神経ではない。
それにこの暑さ。

凄い連中だと感心するしかない。

コンビニに寄る。
缶ビールの他、「進撃の巨人」17巻と今話題の「火花」が掲載されている文藝春秋を買った。


帰宅し、長男に進撃の巨人を渡し、食事の支度を待つ間、火花を読み始める。

が、大量に速く読む読書スタイルに慣れすぎたせいか、文字の凝縮に気圧されてしまう。
コピー機が紙詰まりしたみたいに数行で止まってその先へと進めない。

じっくり時間をかけないととても読みこなせそうにない。
仕切り直しし、お盆休みの心落ち着いた時にでも再チャレンジしよう。


一昨日は家内の女子校時代の友人が子を連れ遊びに来ていた。

その女子友と家内は長く変わらず心から仲良く、連絡取り合い行き来している。

先月海の日には二男が遠路はるばる女子友宅に泊まりがけでお邪魔しおもてなしを受けた。

また先日は長男が女子友の兄に誘われ磯釣りに出かけ、兄夫婦宅にて夕食を振る舞われた。


うちと同じで女子友の子も男子が二人。
小学校低学年と幼稚園児。

我が家宿泊の際、小さな男子交えて男4人横並びで寝たというのだから、微笑ましい。
もはや、うちの子らの年離れた弟たちと言ってもいいだろう。

心から喜びたい交流だ。


我が家来訪の際、女子友のご主人やお兄さん、弟さんがお越しであれば、私も必ず同席したが、女子同士となれば、その語らいに水さすような野暮はしたくない。
それでその日は遅くに帰宅したのであった。

ところで、名門企業の役員に若くして抜擢されたその兄は只者ではない。
必ずトップに立つと目される男であって、会社創業以来ダントツ図抜けた逸材だ。

凄み、パワー、快活さ、誠実さ、男気、気力、面白さ、ああ、同じような言葉がいくつも浮かぶが、どれをとってもそんじょそこらの凡百とは桁違い。

ちなみに、業界違いの会社にお勤めのその弟さんも最年少にて役員に抜擢された。

組織において一際異彩放つ特性のようなものがあって、ご兄弟揃ってそれを持ち合わせていると考えていいのだろう。
私は手遅れだが、子らがこの先折に触れ何か学び吸収するのであれば、これほどありがたく心強いことはない。

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長男はその兄と初対面の際、一目見た瞬間に「男だ」と感服し、以後、おとなしく付き従っている。

ほんの少しばかりの魅力にも欠け好意すら抱きようもない本当にしょうもない相手に対しては「こいつはダメだ」とキッパリ線引きし心閉ざしてしまうこともあるうちの子らである。

敬意を抱くのであれば、まちがいなくその相手は本物だと言える。

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幸い、私の周囲には子らがこの人こそはとその背を見て参照する「男」が数多く、この点については、私自身が至らぬ者であり見劣りする男であることを棚に上げ、父として果たすべき「人物を見せる」務めを果たせていると自負できる。

男子にとっては、男子が教材。
若き男子は、成熟した男子の在り方を手本とし、より良き、より強き男子へと成長し、男子としての世界を豊かにし深めていく。

子供騙しの、歌って踊る着ぐるみの絵空事にうつつ抜かすより、縦横男子という交流のなかに小さいときから身をおく方が遥かにいい、というより、男ぶりを上げるにはこれ以外に方法がない。

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方々から受けた良き影響が、うちの子を経由して、女子友の子らへと伝播していく。

寿ぐべきような循環と言えるだろう。

立派な男子が登場するなら、その時点で母は社会に貢献していることになる。

我が子もその女子友の子も、末永く兄弟みたいに付き合って良き影響を及ぼしあい、逞しく、いい男っぷりに育ってほしい。
願うような気持ちとなる。

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