KORANIKATARU

子らに語る時々日記

最果ての地でクマに遭遇しタローと再会した。

金曜日、知床五湖を訪れた後、知床さいはて市場で昼食をとる。

ウニいくら丼4つ、オホーツクラーメン2つ、ホッケ定食1つを注文する。

 

2700円にしては期待はずれのウニいくら丼の味と量であった。

会計を済ませ目の前にはるか広がるオホーツク海を背景に記念写真を撮影していると人声があがった。

 

船着き場にクマが出現したのだった。

子らが駆け寄っていき、私と家内がその後を追う。

およそ50mの距離、ヒグマがウロウロと徘徊していた。

 

この旅でエゾシカにキタキツネ、オジロワシ、タンチョウ、それに加えてヒグマまで目にすることができたことになる。

昨日は究極の青を見せる摩周湖も拝め、今朝は何ということだろう、川湯温泉のホテルで33期のタローと遭遇した。

 

同じホテルの同じ階で我が家とタロー家族は過ごしていたのだった。

チェックアウトするタイミングが数分でもずれていれば互い同じ場所にいることに気づくことはなかったであろう。

 

外科部長への昇任おめでとうございます、と家内がタローの奥さんに挨拶し、道東でしかもやや寂れた感のある川湯温泉に同じ日寝泊まりした奇遇に運命のようなものを感じつつ、家族総勢8名で記念写真を撮った。

 

また会おうと手を振って別れ、タロー家族は南へ、我が家は北へと向かった。

 

クマの話であった。

まもなくライフルを肩にする猟友会が現れ、警官が現れ、たちまち周囲はものものしい雰囲気となった。

そこではじめて、クマとの遭遇という危険に思い至った。

やはり都会人、感覚が麻痺している。

そこに犬や猫を見るように私たちは呑気に素手丸腰でクマを見物していたのだった。

 

包囲網のなかクマは海岸線を北へと逃走したが、もはや逃げ道はヒトによって閉ざされていた。

射殺されることは免れられない、そういった状況となっていた。

運が良ければ麻酔銃で撃たれ捕獲されまた野へと放されるのであろうか。(後で聞いたのだが人里に出没したクマは例外なく「駆除」の対象となるということであった)

 

最後まで見届ける時間がなかった。

私たちは網走へと向かわねばならなかった。

 

夕刻、閉所間際の網走監獄所を見学し、家族でその夜、高倉健の映画「網走番外地」を観た。

 

土曜日、今朝は5時から網走湖でカヌー。

オジロワシを頭上に見ながらの湖面、すっかり秋めいた北の朝陽を受け静かな時間を過ごす。

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