まもなく文月だというのに明け方はかなり冷え込む。
はたと目覚めて、わたしは半身を起こした。
開け放しであった窓を締め、その場でうずくまる。
頭のなかドンパチでも起こっているかのような痛みを覚える。
寝冷えしたのかもしれない。
頭痛の切っ先が鋭くなっていく。
刃物を振り回されているかのよう。
容赦無い波状攻撃で頭のなかが切り刻まれる。
時折とどめを刺すみたいに、雷鳴轟くような痛みがどかんと頭を直撃する。
何が起こっているのか分からない。
寝冷えだろうとあたりをつけたが、よくよく考えれば寝冷えが何なのかわたしは知らない。
風邪のようなものだとしても、そもそも何をもって風邪というのかそれすら知らない。
風邪と書いて、もともとは「ふうじゃ」と読む。
科学的に定義付けられた病名というよりは、人に悪さする物の怪の総称といった部類に近いような話だ。
とにもかくにもまずは痛みを止めなければならない。
こんなときのためにロキソニンがある。
枕元のかばんを探る。
ない。
もう一度よく探る。
灯りをつけてくまなく探る。
ない。
事務所に置きっぱなしにしてきたようだ。
絶望的な気持ちに襲われる。
その間も夜陰に明滅する稲光のように、痛みが頭を何度も貫く。
一縷の望みを託し、リビングまで這って救急箱をまさぐる。
用のないクスリをとっちらかしてロキソニンを探す。
まさに窮すれば通ず。
ロキソニンはなかったが、バファリンがあった。
心底思う。
忘年会のビンゴゲームで救急セットがあたって本当によかった、神に感謝。
時計を見る。
時刻は午前3:08。
禁断症状に苛まれる中毒者みたいに、わたしはバファリン2錠を飲み込んだ。
横になってネットで調べる。
30分ほどで効く、との記載がある。
その半時間がじれったく待ち遠しい。
顔面を歪めつつ、時が経ち痛みが去るのを乞い願う。
しかし、待てど暮らせど、邪智暴虐の頭痛はその手を緩める気配すらない。
横になろうが斜めになろうがうつ伏せになろうが頭を抱えようが、姿勢を変えた一瞬間だけ沈黙が訪れた後、痛みはさらに増して乱痴気騒ぎのごとく勢いづく。
と、一時間ほども経過した頃だろうか。
かすか眠気のようなものを感じた。
同時に、痛みの素がふんわり何か柔らかなものでくるまれていくような感触があった。
鋭く尖った痛みが、優しく丸み帯びた心地よさに置き換わっていく。
長くうち続いた戦乱にようやく終わりが訪れた瞬間だった。
ああ、これでやっと安らか眠れる。
全身を眠りの繭に覆われるのかのよう、このあと数時間、わたしは果てしないほどスヤスヤと寝入ることになった。
普段より長く寝て、目が覚めたのが朝の7時。
未明の頭痛など跡形もない。
むしろぐっすり眠れた分、いつにも増して爽快だ。
そそくさ支度して勤めに向かう。
朝5時よりも7時の方が、人が溢れて一日のはじまりの実感が湧きやすい。
スタミナドリンクのCMみたいに足取り軽く、よお元気、と見知らぬ誰かにハツラツ声をかけたいような愉快な気持ちになってくる。
痛みがない、それだけで十分。
生きてあることは素晴らしい。