KORANIKATARU

子らに語る時々日記

その名は、シャーク

夜通し降り続いた雨が明け方にはあがって、空はみるみるうち青く明るく輝いた。
雨上がりの草のかおりが冷気に混じって気持ちが穏やか安らいでいく。

11月1日、いち並び。
地元の神社の鳥居をくぐる。
手を合わせ頭を下げ家族の名を唱え子らの名を繰り返す。

わたしにとっては子がすべて。

昨晩、寝支度を整えベッドに入ると長男がもぐりこんできた。
縦に横にと泳げるほどの広さの寝床であるが、少し風邪気味で寒かったのか寝入った長男はわたしのそばを離れなかった。

でかい図体だがわたしにとっては永遠のベイビーボーイ。
いっぱしの体躯のやんちゃくれが他人様からどう映ろうと、わたしから見れば、幼子当時の面影そのまま。
トンボの群れにぽかんと口を開いて見入っていたチビっ子当時の表情のままである。

この夜、帰宅前までお酒を飲んでいた。
10月最終日、当月4回目の酒席であった。

毎月恒例、両親と男兄弟2人の家族飲みだ。
人生について老親から謙虚に学び、いまもこうして食卓を囲める幸福に感謝しつつ実家を後にした。

帰途の電車、前に見知った顔があった。
その名は、シャーク。
仕事仲間の奥さんだ。
ママ会などがあってその帰りだろうか。

何度か顔を合わせたことがあったが、向こうはわたしの顔に全く覚えがないようだった。
これ幸い、面倒なのでわたしも知らぬ顔を通す。

当の仕事仲間からあれやこれや話は聞かされていた。
彼の家は海というより池と呼ぶのが適切であるが、その池にシャークが棲息するのだった。
そのシャークがいまわたしの眼前に座っている。

見るともなしシャークを目にしつつ彼の話を思い返す。
彼は言った。
仕事を終え夜遅く帰宅し電気が点いていると震え上がる。
シャークの鋭い嗅覚をかいくぐるなど至難の技。

寝床に着くまでに、痛罵という牙で何度も噛み殺されることになる。
まるで世界中の苦情を処理する窓口に立たされたかのよう、ありとあらゆる難癖が集中砲火のごとく彼に浴びせかけられる。
口ごたえなどしようものなら、カラダ奥深くまで牙で噛みしだかれ苦痛は増すばかり。

だから悄然としたまま身を差し出すのが賢明ということになる。
もはや殺されることには慣れてきたが、近頃は池だけにとどまらず、シャークは脳内さえ根城とし始めた。
電話やメールから突如、牙が飛び出す。

頭のなかが炎熱で焼け焦げたみたいな感じなんだと彼はおどけて言うが、険しい表情からさぞかし苦しいのであろうと不憫なことこの上ない。

頭がヘンになりそうだと笑う彼の顔が目の前のシャークに重なって浮かぶ。

専門家としての彼の分析にはなるほどと思わされる点がいくつもあった。
例えば、男の思考は損益計算書なのだという。
現状の断面でもってことを評価するので、いまがよければそれでいいとなる。

ところが女性は独自の貸借対照表を持ち出してくる。
そこに記された負債は永遠に消えることなく積み増しされて、いまが良かろうがどうであろうが、追及の手が止むことはない。

時間の経過とともに、負債は雪だるま式に増えていく。
資産が増えて生活が楽で自由であろうがそこが論点となることはない。
ますますもって噛み殺されるということになる。

わたしの降りる駅が近づく。
気づかれはしないかと恐る恐るシャークの顔を盗み見る。
かなりの美人であることは間違いない。

彼女が家では凶暴な鮫なのだとにわかには想像し難い。
アーメン、彼の心に平穏が訪れますように。

地元神社への参拝を終え、朝の通勤客に混ざってわたしは事務所に向かう。
朝8時半を過ぎれば電車の混雑はさほどでもない。

ゆったりとした気持ちのまま事務所に着いて、近所のやよい亭で朝食をとる。
今朝も白飯が美味しい。
おかわり自由。
遠慮する理由もないので、飯を二杯食べた。
カラダ温まり、心も温もった。

そして、11月1日のいち並び。
事務所近くの神社へも寄る。
家族の名を唱え子らの名を繰り返す。
わたしには子がすべて。

ふと思う。
何事も中身が大事。
八百屋に入れば、パイナップルやアップルやストロベリーやメロンに目を奪われるかもしれないが、もしかすればそこに佇むジャガイモや石焼き芋を選ぶほうが正解かもしれない。
実質があって足しになって、丈夫で長持ち。

ものごとは虚心にみるのが身のためだろう。