クルマを停め坂をあがると偶然そこに弟がいた。
まるで待ち合わせでもしていたかのよう。
来る途中、人気パン屋乃が美に長蛇の列ができていた。
開店の時間は11時。
時計見るより正確に長蛇の列がいまの時刻を告げていた。
弟は側道のガードパイプに腰掛け空を見上げてタバコをくゆらせていた。
目が合って、やあと二人して手を上げた。
清風高校では親子での面接となるのだろう。
受験生らが母を伴いぞろぞろと坂を上がっていく。
その様子を背に見ながら二人横並びになる。
吐く息とタバコの煙が混ざり合う。
今季最強クラスの寒波が日本列島を覆い、各地で記録的な大雪となっている。
雲ひとつなく晴れ渡って地表は丸肌同然、大阪も厳しい寒さに見舞われていた。
わたしは10年以上も前にタバコをやめたが、漂ってくる煙の匂いが嫌いではない。
が、真横に腰掛けていても弟の煙に匂いを感じない。
聞けば煙のように見えて実は水蒸気なのだという。
タバコの世界も日進月歩のようである。
用事の時間まで話し込み、じゃあと手を上げそこで別れた。
小一時間ほどで所用をすませ坂を下って精算すると駐車料金は1200円。
休日であっても市街中心地は割高だ。
馴染みの街路を走って事務所に戻る。
昔も今もこの先も、何度でも繰り返し行ったり来たりする道である。
背丈に応じ四季折々ここらの様子を目に収めてきた。
バルナバ病院が目と鼻の先にある。
わたしが生まれ、弟が生まれ、そして、わたしの息子たちもそこで生まれた。
ここは我らを結ぶへその緒地点と言ってもいいだろう。
どういった偶然か、同じ場所で産声を上げ、縁あってこの世で出会った。
たった一度、一回こっきりの巡り合いである。
ともに過ごして時が経ち、いつかはるか先、別れのときも訪れる。
定めであるから何人たりとも避けられない。
そしてもうその後は、会うこと叶わず、間近で顔見て話すなどあり得ないこととなる。
だから、それまでの間、書き留める。
書かなければ、せっかくの大事な場面まで失われてしまう。
順番で言えばわたしが真っ先お役御免となるのだが、たくさんの思い出を書き残し、それを置き土産にして驚かそうと企んでいるので、去った後でも楽しみだ。