KORANIKATARU

子らに語る時々日記

あの頃、彼らは小さかった

西九条に大福湯という銭湯がある。

何の変哲もないような下町の風呂屋であるが、ここのサウナは特筆に値する。

 

かつては連日のように通っていたが、ここ2年ほど足が遠のいていた。

昨日思い立って、久方ぶり足を運んだ。

 

道中、小雪が舞う。

サウナの前座にうってつけである。

 

「ゆ」の字の暖簾がかかったばかりで先客なく、一番湯ならぬ一番サウナ。

どっかと定位置に腰を下ろした。

 

熱すぎず、じわじわと温熱が全身に行き渡っていく。

このポカポカ感がたまらない。

 

長く入ることができるので、これでもかといった茹で加減になることができる。

暑さが限界に達し入る水風呂がとことん冷えていて、灼熱から清涼へ、心地よさが足先から脳天へと駆け抜ける。

 

そして今度は、冷えて凍えたカラダをサウナが優しい温かみで包み込んでくれる。

極寒から地続きで味わうこのポカポカ感は病みつきになる。

 

こんなに気持ちいいものは世に多くない。

足繁く通ったのも当然のことだろう。

 

湯を上がり、もと来た道を引き返す。

底冷えしているはずなのに全く寒さを感じない。

般若の面持ちで街を歩いて、思い出す。

 

確かこの辺り、小さかった二男とラーメンを食べに訪れたことがあった。

当時の父子二人の面影が眼前に浮かぶ。

 

あとをつけるようにして歩くと幸福感まで蘇ってきた。

そのときと同様、オキシトシンが脳内を満たし始めたのに違いない。

 

犬も歩けば棒に当たる。

良き思い出があちこちに埋蔵されているようなものであり、そこら歩けば音立て弾ける。

そんななかを行きつ戻りつ、ぶらり歩くことはただただ楽しい。

 

三連休の初日と二日目は炭酸水で夜を過ごした。

最終日くらいはビールであってもいいだろう。

 

視界に入った餃子の王将に入って、ビールセットを夕飯にすることにした。

再来した記憶が数珠つなぎとなって次の記憶を呼び起こし、その世界を散策しつつコップを傾ける。

 

ああ、あの頃、彼らは小さかった。

 

記憶のなかは名場面だらけ。

そしてまだまだこの先も、いくつもの名場面が出現し各地に埋蔵されていくことになるのだろう。

 

そう思えば更に楽しく、わたしはビールのお代わりを注文した。

散策はまだ当分、終わらない。

f:id:KORANIKATARUTOKIDOKI:20180213130237j:plainNigel Henderson, Photograph of two unidentified children, one of which is climbing a lamp-post c1949–c1956.