KORANIKATARU

子らに語る時々日記

春うららかな家族の一場面

定期考査の日が迫る日曜夕刻、久々家族全員が顔を揃えた。

それぞれ忙しく帰宅も遅く、わたしなどより息子の方が遅いくらいなので、夕刻に勢揃いするなど滅多にないことである。

 

寿司がいい。

そうリクエストが届き、事務所で一仕事終えた後、近くの鮨屋で持ち帰りを注文した。

 

待つ間にひと風呂浴びる。

充実の日曜であった。

普段できずに先延ばししていた用事が明るいうちに片付いて気分上々。

 

湯上がりに鮨屋に寄って、両手にずっしり寿司を提げ駐車場へと向かう。

春の陽気にやや汗ばんで、季節の移ろいを肌で感じる。

 

クルマに乗り、寿司を傷めぬよう空調の出力を最大にした。

 

手前の通気口は塞ぐが、冷気が対流し巡り巡って肌寒い。

が、何のこれしきである。

おいしい、と顔ほころばせる家族を思えばどうってことない。

 

アクセル踏む足に力が入っていたのか、いつもより早くに着いた。

 

ちょうどそのとき「何時に着く?」とのラインが二男から届いた。

見てのとおり、と返信した。

 

家内が寿司をずらり並べて互い侵犯せぬよう領土を分ける。

稀少なネタについては数の上限を告げ知らせるが、息子二人の様子は試合前にレフリーからルール聞くボクサーのよう。

 

さあ、ゴング。

二人の両拳が的確に寿司を捉えていく。

手数で両者一歩も譲らない。

 

わたしは家内とビールで乾杯し、徳若の日本酒を分けて飲む。

 

日暮れの頃合い、三階のカーテンを閉めようと箸を置き階上へと駆け上がる。

渡り廊下からふと階下を見下ろす。

 

テーブルを囲む家族が見えて、しばし眺める。

視線を移すと、窓の外は春の夕暮れ。

この瞬間、情緒過多にもほどがある、うららか家族の一場面が目に焼きついた。

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Édouard BoubatLe vendeur de marrons. Paris 1956.