KORANIKATARU

子らに語る時々日記

しょっぱい海水のような場所

わたしは全く知らなかった。

信者枠というものがあったのだという。

33期で10名ほど。

信者枠で入った本人から聞いた、そんな話が複数あるから本当のことなのだろう。

 

他の学年のことは知らないし、大昔にいっときあっただけの話なのかもしれない。

が、それが起源だと考えれば現在の特別推薦制度の存在も頷ける。

 

友人によれば33期の信者枠の生徒は高校へとあがる段階でほとんどが転校していったという。

 

当時であっても大阪星光はそれなり入るのが難しく、入ってから課される勉強のレベルも高かった。

だから、しっかりとした訓練を経て入るのでなければ、そこで過ごすことは苦行以外の何ものでもなかっただろう。

 

その意味で入試本番に向け過激なまでに心身酷使する受験体験は不可欠であったように思う。

 

知能の高低の問題ではなく、丹念な準備運動があったかどうか。

それが適応を分けたと言えるのかもしれない。

 

言わずもがな、たいていの進学校は、ある種の「偏り」のなかに置かれている。

 

進学校を塩分濃度高いしょっぱい海水のような場所と喩えるなら、塩味に慣れる準備がないと居心地悪くて仕方がないであろうし、淡水でこそ本領発揮できるという者においてはそこで前途は拓けない。

 

だから必ず一定数、途中で学校を辞める者が生まれることになる。

これはどこの学校であっても同じことである。

 

強い偏りがパラメーターとなって必然的に発生する確率的な話であり、誰かが悪い訳でなく制度に重大な瑕疵がある訳でもない。

 

意欲あるのに無理やりつまみ出すという身も蓋もないようなことをする学校など存在しない。

放校という言葉が学校の無慈悲さを喚起するが、実は、その受身的な言葉には強弱の差はあれ自発性が内在している。

当事者の胸のうちにあったはずの、辞めたいという思いや辞めてよかったという安堵の言葉にも焦点をあて考えてはじめて真実が理解できる。

 

その偏りは子にとってどうなのか。

親が問うべきはその一点だろう。

 

夜遅くまで塾で勉強し、息詰まるような奮闘を経てやっと中学に入ったと思ったらやはりそこでも勉強につきまとわれ、それが大学入試のときまで続き、その結果、身を置く世界の文脈に適応すること以外に取り柄がないとなると、終生、似たような偏りのなか留め置かれる人生になりかねない。

 

艱難辛苦が玉を生み出し絆を深め、となるかもしれなず、とんだ艱難違いの災難続きといった話になるかもしれない。

置かれた環境や子の性格によって答えは様々であるに違いない。

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Frank Burke, A kids scooter race at the Paddy’s Markets in Sydney, 19 August 1956.