KORANIKATARU

子らに語る時々日記

楽な答えと賢い答え

雨脚は弱まったもののまだ当分止みそうにない。

ぶらり電車で出発するつもりだったがクルマを使うことにした。

支度していると上の息子も一緒に行くという。

 

久々に子を従えて事務所へ向かう。

日曜に早朝から晩までフルで使える勉強場所はそうそうない。

 

どのみちわたしも仕事山積、日曜を職場で過ごすことに異存はない。

息子が大学生になるまでそのようであっても一向に差し支えなく、むしろ望むところと言っていい。

 

なか卯で朝食をとり父子それぞれ始動した。

 

この日、昼をまたいでの面談業務があったので、途中事務所を出て西宮北口に向かった。

業務を終え、アクタすすき野でラーメンを食べて事務所に戻る。

家は近いがぶらり寄るような暇はない。

 

雨上がりの日曜午後、多くの人がくつろいで見えた。

日曜の残り香のようなものにうっすら寂寥覚える帰途となったが、事務所に息子の姿があって地に足ついた。

 

仕事を通じ、世には楽な答えと賢い答えの二種類があると学んだ。

ぱっと頭に浮かんだような楽な答えに飛びつく拙速は禁物。

 

楽な答えは思いつきの域を出ず、丁か半かみたいに雑すぎて、次にどうなるのかという見通しを欠いて裏目に出た場合の算段もないから、単に楽なだけであって、たいていの場合状況を悪くする。

 

それよりも、面倒かつ地味で面白みもないが、こねてもんで寝かせてというプロセス経て導いた答えの方が現実味もあって成果につながりやすい。

 

気を許すと誰だって楽な答えに飛びついて、後は野となれ山となれとなりがちであるが、大人になるほど責任増すので、その都度、賢い答えについて考えを巡らせる必要があるだろう。

 

休日の過ごし方ひとつとっても、同じことである。

 

事務所にて各自作業を進めつつ思う。

こうして息子と過ごす時間はあとどれくらいあるのだろう。

 

振り返れば、遊んで過ごした時間より、真剣味ある場面を共有した時間の方が色濃く鮮明に残っている。

 

この一瞬一瞬が稀少な時間。

賢い答えかどうかはまだ定かでないが、かなり有意義な過ごし方をしている日曜なのだと互い結論づけていいのではないだろうか。

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Bert HardyLeicester, England 1948.