KORANIKATARU

子らに語る時々日記

負けは負けでも負けから学ぶ

前日飲み過ぎた。

日曜の朝なのに、倦怠感伴う寝起きとなった。

 

若い頃ならそのまま惰眠をむさぼったかもしれない。

が、中年も半ばを過ぎると、無為に一日過ごすことが苦痛になる。

 

人生の貴重な一日。

たとえ雨降る日曜であろうと、何かしらの収穫は求めたい。

 

階下に降り家内手製のカレーライスを食べていると、ちょうど二男が元気よく出かけようとしていた。

送るよ、と声をかけ一緒に家を出た。

 

息子の勢いに便乗したようなものであった。

彼を目的地まで送り届け、わたしはジムに向かった。

 

荒療治。

多少気分が悪くても、走れば心身ともに目を覚ます。

 

他にカラダ動かす者はなく、雨が音を吸い取りジムは静寂のなかにあった。

窓外一面の雨模様をぼんやりと眺めつつ、ゆっくり走る。

 

完敗を自身に許せば、ますます負け方がひどくなる。

大人になってからそう学んだ。

 

今日はまあいいか、そう尻尾巻いて負けに身を任せると、ツキに見放され劣勢は尾を引き大敗の度は増すばかりで果てしなく負け続け、よほどの好機にでも恵まれない限り、負け犬の道まっしぐらということになる。

 

だからどのみち負けるにせよ、せめて一矢は報いようとの粘りとしぶとさが不可欠となる。

そうすることで負けは負けでも、負けから学べて明日につながる負けになる。

 

案の定、走って汗をかき朝風呂につかって気分は晴れた。

さあ、日曜を満喫しよう。

わたしはその足でTSUTAYAに向かった。

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Sam Bartram stood 10 minutes alone on the pitch, not realising that the game had been abandoned due to heavy fog. December 25th, 1937.