KORANIKATARU

子らに語る時々日記

こんな日がもっとたくさんあってもよかった

イカのアヒージョをからめて軽く炒めたパスタとサラダ。

そこにデザートとして紅まどんなが添えられた。

三ヶ日が過ぎ日常が戻り、家内の食事作りもぼちぼち本格化し始めた。

 

長男と二男を送り出した後、朝9時にわたしたちも家を出た。

 

阪神高速を東に向いて走り実家に寄って母をピックアップした。

家の前で見送る父はクルマでの移動が心配なのだろう、安全運転でとだけ言った。

 

ときおり小雨降る曇天のもと今度は阪神高速を西へとひた走った。

クルマの流れはスムーズで所要約1時間、午前11時には淡路島の岩屋に着いた。

 

まずは道の駅淡路にて食材を買い求めることにした。

 

店先に蜜郎が積んであるのを見つけ家内は喜んだ。

とろける甘さだというこのさつま芋を皮切りに新米と淡路名物のたまねぎを買い、そのほか珍味どころ、調味料、お菓子などを実家の分と合わせ買い込んでクルマに積んだ。

 

昼食の予約は午後1時。

まだまだ時間があった。

 

昼のコースは寿司10貫のみであるから先に前菜を食べておこうと家内を促し、隣接の海千館に入って席を確保した。

母を座らせ、わたしと家内で焼き牡蠣、カキフライ、白子の天ぷらなど小品を幾つか頼みテーブルに運んだ。

 

新鮮な魚介はやはり美味しく母も喜んでくれた。

何なら寿司ではなくここでシラス丼など食べてお昼にしてもいい。

わたしはそんな気持ちに傾くが今度は家内に促され、席を立ち寿司屋に向かった。

 

歩いて5分ほどのところ。

海を眼前に臨む明石海峡大橋のたもとに鮓希凛はあった。

 

見晴らし良いカウンター席で母を真ん中にして座り一品一品を味わった。

そして、母の大好物が寿司であるのだとわたしははじめて知ることになった。

 

寿司が好きだとはかねてから知っていた。

が、先々お供えが必要な場合は寿司がいい、という程だとは思わなかったし、幼い頃に寿司屋の値札を見て、いつか寿司をお腹いっぱい食べたいと夢膨らませていたといった話などもこれまで耳にしたことがなかった。

 

淡路島まで足を延ばさずとも美味しい寿司屋は大阪にもたくさんある。

次から食事誘うときはすべて寿司屋を選ぼう、とわたしは密かに決意したが、おそらく家内も同感であっただろう。

 

続いての舞台は洲本にあるホテルニューアワジ。

岩屋からクルマで半時間ほど。

温泉がこの日最大の眼目であった。

 

ホテルニューアワジは年初の落ち着きに包まれ、館内に一歩入っただけで心が休まった。

 

女風呂へと向かう母と家内を見送り、わたしは男風呂で、海を眺め空を仰ぎ頭をその広々とした景色に同化させて過ごした。

 

一時間ほどでのぼせて、わたしにとってはそれで十分。

リフレッシュも完了と待合に座るが、肌もピカピカ、すっかり満足した様子で二人が出てきたのは、そのときから一時間以上も経過した後だった。

 

薄暮に染まる淡路島の景色を左右に見ながら北上し、帰途につく。

 

母がラジオ好きなので、チューニングを朝日放送に合わせた。

不思議なことであるが、AMラジオが流れるとその空間が安堵感のようなもので満たされる。

昔の歌謡曲などが流れれば流れるほど、時間が落ち着きを取り戻すかのよう、車内がどんどんしんと静まっていった。

 

すやすやと眠る二人を運んで、実家に到着したのが午後7時。

おみやげを玄関に置き、もうお腹いっぱいだと言う母に手を振って実家を後にした。

 

続いての行き先はお好み焼きの風月桃谷店。

いろいろ店の候補は浮かんだが、お好み焼きを食べたいのであれば、まずは風月。

それも鶴橋店か桃谷店となるのが基本中の基本だろう。

 

客の出入りの潮目に当たり運良く待つこともなく席に案内された。

 

牡蠣入りの鉄板焼き、牡蠣ミックスの焼きそば、牡蠣入りの豚玉を家内が頼んだ。

飲み物は帰りのハンドルを握る家内が烏龍茶でわたしがビール。

 

久々、風月の焼きそばを食べてわたしは感動した。

やはり美味い、なんて美味いのだ。

 

風月から遠く離れわたしは忘れていただけだった。

脳に刻み込まれていた美味な記憶が一口だけで蘇って、その記憶が今回強化上書きされることになった。

 

何度でも食べたく、きっかけがあればまた食べたく、ふと思い出して食べたくなってたまらない。

風月の美味しさはそのようにしか語れない。

 

そしてこれこそが繁盛の秘訣と言えるのだろう。

 

単に美味しいだけでは全く足りず、脳にくっきり跡が残るくらい、恋い焦がれるような美味しさであるからこそ客足が全く絶えないということになる。

 

これからは風月、何度でも風月。

わたしはそのように心に決めた。

 

誘えば家内も嫌とは言わないはずである。

家内も小さい頃、彼女の母に連れられ日常的に鶴橋の風月でお好み焼きや焼きそばを食べていた。

彼女の脳にも風月が刻印されているのだった。

 

子らのおみやげにするミックスモダン焼き2枚が焼き上がった。

長男も二男も大喜びすることだろう。

その歓喜の表情を思い浮かべながら家内の運転で帰途についた。

 

感謝である。

 

スキーが上手でピアノが得意、英語が堪能でゴルフの腕も普通ではない。

わたしの女房となって、すべてが宝の持ち腐れと化し申し訳ない限りであるが、そういった諸々の才が家事子育てに結集されて、平凡ながらひとつの家庭が成り立ったのだと思う。

それに加えて、この日は親孝行にも一役買ってくれた。

母を温泉に連れて行こうなどわたしひとりの頭では到底思いつかなかったことである。

 

内緒の日記で忘れぬうち、感謝の念を記しておくことにする。

 

思えば、こんな日がもっとたくさんあってもよかった。

自身の鈍感と力不足を振り返りつつ、いまそう痛感する。

今後は機会を逃さぬよう、寿司に温泉に風月を家族みんなで楽しみたい。

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2019年1月5日 明石海峡大橋を渡って淡路島