KORANIKATARU

子らに語る時々日記

UFOキャッチャーのクレーンのように

前線上の低気圧が上空を通過し朝から大雨に見舞われた。

一日の先行きが危ぶまれたが昼を前に傘も要らぬような小降りになった。


向かうは河内磐船。


今月下旬から交野市の松吉医院では栄養士さんによる食事指導が始まる。

とても感じよく可愛らしい栄養士さんにお目にかかった。


ちなみに阿倍野の田中内科クリニックではこの4月から専属の栄養士による食事指導が行われている。


松吉医院を後にするとき雨はすっかりあがっていた。

傘を置いて帰ろうかと迷い空を見上げる。

そこに晴れ間が差す気配はなく念のため傘を手に持つことにした。


電車に乗っていると家内からメールが届いた。

昼食をどうするか話し合い、弁当でも買って一緒に食べようと話が決まった。


京橋で途中下車して見繕う。


左右眺めつつ京阪モールを歩き家内の指示に従いKYKの前で立ち止まった。

このときわたしは遠隔操作されるUFOキャッチャーのクレーンのようなものであった。


ヘレかつスペシャル弁当を二つ、そしてエビかつサンドを一つ注文し、家内に言われたとおり「揚げたてのものを」との言葉も添えた。


待ち時間は12分。

その間に成城石井でもの珍しいミネラルウォーターを数種買いまだ時間があったので銀行に寄ろうと通りを渡った。


そのとき突如、轟音鳴り響き雨が降り始めた。

まるでケルヒャーのアクアガンで空から放水しているかのような凄まじい雨量であったから、傘がなければこの時点でわたしの一日は終わってしまっていただろう。


アーケードの下で立ち尽くし飛瀑を成すかのような降水にしばし見とれた。

一日の先行きを案じたが、弁当が出来上がる頃、急速に雨脚は弱まった。


無事に弁当を調達し、家内の二万語に耳傾けながら昼食をともにした。


絶え間なく喋って話は右へ左へあちこち飛んで、それでいてしっかりパクパクおいしそうに食べるものだからその様子が強く印象に残って、そしてその印象が強すぎたのでわたしは思わず笑ってしまった。


「雨の慕情」は悲しい唄だがステージで歌うと盛り上がる。

先日の朝日新聞に八代亜紀さんのそんな話が載っていて歌詞が頭に浮かんだ。


この先も家内と一緒においしいものをいっぱい食べようと思い立ち、早速その場でレイユームンに電話したのであったがあいにく日曜はすでに満席。


食べる所は星の数ほどもある。

そのとき思いついた店に行くことにしようと意見一致し、些細な昼食の一場面、この一場面をわたしは生涯忘れないだろうと思った。

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Moise Kisling, "La jeune cuisiniére" , 1910.