KORANIKATARU

子らに語る時々日記

家族のヘソとも言える地

隣は家内。

ときおり小雨がまじる曇り空。

空気が凛と透き通ってやや肌寒く、ずっと暑い日が続いていたのでこの感覚が懐かしい。

 
ハイハイタウンの地下駐車場にクルマを停め、3階にある天山閣に向かった。


昔ながらの風情があって名店としての風格も霞むことがない。

28期松井先生のご子息が星光に合格した際、お祝いの席がここで設けられ家族揃ってごちそうになった。

このように折りに触れときどき寄せてもらう中華料亭である。


窓際の席に座って上本町の街をぼんやり眺めながら珊瑚御膳を食べ、五目そばを分け合った。

 
上本町の地とは縁が深い。

はじめて家内をデートに誘ったスペイン料理屋も、結婚式の夜に二人で冷麺を食べた焼肉屋も上本町にある。


そもそもわたしが生まれたのが上本町で、同じバルナバ病院で長男も二男も生まれたから、ここは家族のヘソのような地と言ってもいいくらいだろう。

 
ヘソに引き寄せられたのか、西宮にも山ほど塾があるのに上本町の能開センターに二人ともお世話になった。

 
だから、これまでを振り返って食事するのにこれほど適した場所はない。

 
第一、美味しい。

周囲にちょっとした中華料理の店は幾つもあるが、天山閣が別格なのではないだろうか。


ママ会はホテルの中華でするより、こちらの方が喜ばれるのではないか。

そんな話を織り交ぜながら、春夏秋冬になぞらえるみたいにして、これまでの歩みを家内とともに振り返った。

 
いろいろなことがあった。

 
家内の真面目な長女気質があってそれが芯のように作用したから、くぐり抜けてこられたとわたしは思っている。

起き上がり小法師のなかに据えられたおもりの役割を家内が担ったといって過言ではないだろう。

もし家内がいなければ、わたしを含め小法師たちは倒れてふて寝したままだったかもしれない。

 
さあ、まだまだこれから。

この先は楽しいことの方がはるかに多いに違いなく、小法師たちは放っておいても勝手に起き上がる。

 

なんとか頑張ってきた。

だからこそ。

ささやか楽しい未来を思い描けることは幸福だ。

 
まだこの日のデザートに手もつかないうち、日曜の夕飯をどこで食べようかといった話になった。

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Moise Kisling 1891-1953 (French)