夜は5時開店。
そう表示があったが敷地内に入って扉を開けた。
時刻は午後4時。
カウンターの背もたれにカラダをあずけ、天を仰ぐようにして店主が休憩していた。
持ち帰り、頼める?
そう聞くが、5時まで待ってもらえますかと困ったような顔をされた。
桃谷の寿司とびこめは人気店。
日曜の繁忙を前に店主はいま「緩んでいる」最中。
それを邪魔するわけにはいかない。
わたしは引き下がる他なかった。
おそらく2時や3時なら以前と同様、休憩中でも握ってくれたに違いない。
しかし開店目前の4時であれば、5時以降に気持ちが向いて仕事人であれば誰だってそんなときに集中を削がれたくはないだろう。
わたしは職人ではないが、いたく気持ちが理解できた。
それで駅の反対側にある桃谷がんこに足を向けた。
ここには休憩時間などなかった。
この時間帯、客はほとんどないのに、いつ注文が来ても対応できるようにカウンターには2人の板さんがスタンバイしていた。
だから注文して数分後には折り詰めが出来上がった。
3人前を携えて実家に向かう。
あくまで寿司にこだわるのは寿司が母の大好物であるから。
母の好物を買って帰ってこその息子である。
そしてこの日の日本酒は加茂錦大吟醸。
毎回日本酒を手土産にするのは日本酒が父の大好物であるから。
やはり親の好物を買ってこその息子だろう。
寿司を手渡すと、折り詰めに入った寿司を母が皿へと取り分けた。
4人分になっていたのは、このあと妹の娘が母を訪ねてくるからだろう。
折々、母を誘って一緒にお風呂に行ってくれるのでありがたい。
このように何だって分かち合って食べるのがうちの流儀であった。
次回からは少し多目に買うようしなければならない。
わたしと父と母、3人で食卓を囲む。
ビールで乾杯し、母の手料理に箸をつけ味わう。
どれもこれも全ての料理が懐かしい。
序盤はみな口数少なく、高校野球などに目をやったりしていた。
が、徐々に野球などそっちのけといった風になっていった。
墓参りした翌日だからだろう。
この日は話が少しウェットになった。
なんのために墓参りが必要なのだろう。
そんな疑問を父が口にした。
墓に行けばそこに没年月日が刻まれていて、それを目にする度、わたしは必ずその日のことを思い出す。
ただでさえ強固な記憶なのに、その度に再生されることになるから、ますます記憶が強化されていく。
そんな話をわたしがしたので、祖父と祖母のその日について皆で回想することになり、だからじんわり目に涙が浮かぶのもやむを得ないことだった。
墓を訪れ、遠く旅立った先祖の山あり谷あり、波乱万丈の軌跡に思いを馳せる。
その労苦をねぎらううち、いつのまにか、生者の側が励まされるような気持ちになってくる。
もうひと踏ん張り、頑張ろう。
一丁やってやろう。
そんなガッツがふつふつと湧いて出てくる。
つまり、魂に給油されるようなもの。
そういう意味で墓というのは、最大のパワースポットと言えるのではないだろうか。
わたしがそう言うと、この歳になったらもうパワーいらんわ、と父が笑った。
まあまあそう言わず、とわたしはお酒を注いだ。