KORANIKATARU

子らに語る時々日記

注意一秒怪我一生


友達と一緒に模試受けるから、と申込書を長男が私に寄越す。
中高一貫スーパー模試とある。
お金払っといて、会場は西宮で。

会場は西宮と上本町と学園前、そして京都。
これら地域が連なるだけで象徴的だ。
京阪神の強豪校がぶつかり合う対抗戦のような趣きである。

私たちの時代には参加校をほぼ限定したこのような模試はなかった。
我らが二枚看板のエースであったS君やT君なら、猛者相手にどこまで見事な立ち回りを見せたであろうか。
疾うの昔に受験戦線から解放された身であるが、スーパー模試と聞いて響き返す残骸のようなものが心中に残っているのであった。


それにしても中学に入ってからやる気満々の度合いが倍加しているように見える。
ヘトヘトになって草臥れ模様を見せるのかと想定もしていたが取り越し苦労となったようだ。
いやはや元気、エネルギッシュである。

指の腱切断が治ってからは部活の野球だけでは飽き足らず、唯一の休日である日曜も休む訳なく近所のラグビー練習に参加する。
そのため宿題は前日に片付ける。
がつがつ何でもやればいい。

何か壮大な悪巧みなのだろうか、世間では自己評価を下げ続け安くこき使われる若者が大量生産され続けている。
応募する働き口から散々袖にされ続け、自己評価の下降線のスパイラルにはまって行き着く先は不本意極まりないが、しかしそれが分相応と納得する人心が作り出されているとも言えるほどである。

時代の趨勢に抗う秘策などどこにも存在せず、大半の教育機関は解決に向けて機能しない。
誰が何を言おうが自分に塩かけるナメクジみたいにならぬよう、それぞれ好き勝手なやり方で自らを強くしていくしかないのであろう。

一言老婆心で言うけれど、本格的な寒さが訪れるまでに、学校の帰途、阿倍野の田中内科クリニックでインフルエンザ予防接種を受けることは忘れてはならない。


陰の世界に住む背丈も目つきもガキデカ生き写しの同級生が、陽の世界に属する者たちを憎悪したのか、特にT君はやり玉にあげられ、ことごとく先生に些細な非行を告発され、結果T君は素行不良者とのレッテル貼られこっぴどく叱られ続ける学校生活を送ることになった。

あるとき、T君は校則で禁じられている原付に乗ってきた。
原付は山間の町から通うT君には不可欠であった。

通報したのは、ガキデカに違いない。
そんなことを告げ口する人間は、ナチス共産主義の支配下に置かれ人心蝕まれた世界の民を除いては、彼以外に考えられない。
T君は生活指導室に連行され、尋問を受け、校則に照らし厳しい処分がなされることを告げられ、そして免許証を取り上げられた。


初夏が盛夏へと移り変わる予兆と夏休みの解放感の予感によって目に映る何もかもが一層色鮮やかとなる期末テスト間近の頃のことであった。
土曜日だったので授業は午前中で終わる。
仲のいい友達と連れ立ってT君は下校時たまたま生活指導室の前を通りかかった。

扉が開いている。
人の気配はない。
蝉の鳴く音しか聞こえない。
ふと中をのぞくと、彼の免許証がホワイドボードにマグネットで留められている。
手を伸ばせば届く距離だ。

T君は手を伸ばし免許証を取り戻した。
そもそも免許証は彼のものである。


週が明けて、たいへんな騒ぎになった。

T君は、人目を盗んで生活指導室に「侵入」し、室内を「物色」した挙げ句、免許証を「盗み取った」ことになっていた。

物は言いようであり、ちょっと軽はずみであったと咎められる程度の行為が、表現のさじ加減一つで恐ろしい程の悪行と化す。
実際にその場を目撃した者以外で事情知らなければ、こいつはとんでもない奴、なんて悪い奴なんだ、という印象を強く刻まれることになる。

ニュースなど見る度、T君に向けられた悪し様な言いようをいまだに思い出す。
キャスターなどが高見から一本調子で罵る「容疑者」たちは、果たして、その通りに悪い奴らなのであろうか。

マス・ヒステリーという言葉がある。
焚き付けるかのような言説発する人間はその余波について考えることがないのだろう。
なんとナイーブなことであろうか。


校則を破ったという点でT君には、非があった。

そこで想像してみる。
世の中には、非もないのに、根も葉もない事柄でガキデカ種族に告発され、立場を失ってしまう者もいるのであろう。

その恐怖を知る上では「偽りなき者」という映画が最適だ。
ちょっとした少女の言葉を周囲の大人が真に受け、既成事実が拵えられていく。
皆がそれを信じ、主人公はそれが事実ではないと覆す術がない。
町中の軽蔑を一身に集め、阻害され、暴力を受け、生活の基盤を失い、現状回復などあり得ないほどに人としての尊厳をどこまでも傷つけられていく。

シーラッハにも同じテーマを扱った「子どもたち」という短編がある。
男殺すのに刃物など要らぬ。
男子は思いがけぬ失墜と背中合わせの立場に置かれているだ。

おれは大丈夫だなどと高を括ってはいけない。
このような不条理な薄氷の上で身過ぎ世過ぎするのであると知った上で、十分に注意しておくことが必要なのである。


小学校ではマラソン大会が近づく。
トレーニング兼ね、塾帰りの駅から片道2.5kmを二男は走って帰ってくる。
夜12時、風呂から上がり二男がやっと寝床に就く。

今月は22日、23日が連休だ。
そこまで頑張り家族揃って一休みしよう。