KORANIKATARU

子らに語る時々日記

2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

脱力に憩う

京都からの帰途、同じく帰途にあった家内から連絡が入った。 ちょっと一杯ひっかけて帰ろうとなって待ち合わせし近くの寿司屋のカウンターに腰掛けた。子らの帰宅はまだ当分先のこと。 ビールを飲んでハイボールに移り小品をつまむ。 仕事後のこんな時間がた…

こんな寂しいことはない

忙しいと朝が早くなる。昨日に引き続き朝5時には家を出た。 順調に業務が片付けば昼過ぎには完了となる。帰途、昨日と同じ店でラーメンを食べよう。 そう自分を励まし駅へと向かう。冷え込む早朝、誰にだって希望が必要だ。 子守さんの朝からてんこもりを聴…

何度でも鉢合わせする小さな空間

下りの電車と上りの電車がホームに入ったのはほぼ同時だった。 双方の扉からエスカレータへと人が押し寄せた。 見ると目の前に家内。 互い異なる電車に乗ってはいたが、エスカレータ付近に陣取っていたのは共通していた。 一歩前にいるということは、やはり…

がっつくみたいに仕事する

日曜日、ちょっとした用事があったので事務所に寄った。 数分で片付いて、すぐに引き上げても良かったのであるが、休日のふんわり感に包まれつつわたしはA3のタスクノートを開いた。 いま書いておけば滑り出しよく週明けの仕事に取り掛かれるのではないか…

最も大きいものを選んで正解だった

金曜に続き土曜も京都にて業務を行った。 事務所に戻るとすでに夕刻。 休む間もなく地下鉄を使って北浜に向かった。 目指すはル・ポンドシェル。 そこで恒例の新年会が行われる。 そのクリニックにとっては正月元旦のような行事と言える。 午後6時半、わた…

たこ焼きの数から学ぶ力の均衡

帰途、おうすの里で梅干を三種選んだ。甘いものは息子たち、酸っぱいものは家内、ほどよいものはわたしと各自の好みに合わせた。 京都を後にし枚方市駅で途中下車した。待つこと5分。家内が現れた。 別に手をあげることも手を振ることもなく、何の仕草も介…

まもなく枚方にて合流

京都へと向かう電車に揺られつつ、昔の写真をスクロールしていく。 写真の数は膨大。 ルーレットを回すみたいにして当てずっぽうな時期に着地し写真を眺める。 金沢の写真に目が留まった。 数年前、家族で旅した地であった。 息子二人の肩に腕を回し家内が真…

趣味というより生態とも言うべき類の話

10年前の1月24日は土曜日だった。 美味しいピザを食べようと家族を伴い神戸を訪れた。 人気店だったので店の前でしばらく順番を待つことになった。 子らはまだ小さく、店外に置かれた電気ストーブの前で二人並んで暖を取り、マッチ売りの少女さながらその暖…

異次元レベルの競い合い

そのときはあまりよく理解していなかった。 一体どんな層の人たちが集う場であるのか。 いまでは実によく分かる。 学校での集まりに参加すれば父兄がどのような背景の方であるか分かるし、また、仕事柄、どんな父兄の子どもたちがそんな学校を目指すのかも見…

ちょっと一味凝るだけこんなにも美味しい

一昨晩の豚しゃぶもそうであったが昨晩のねぎ焼きも長文屋の唐辛子によってその美味が更に際立つことになった。 家内と北野天満宮を訪れたのは先週の日曜。 帰途、家内に連れられるまま長文屋に寄り青海苔多めの唐辛子を買い、そこを皮切りにし京都各所を行…

家がいちばん

同じ古都であっても京都より奈良の方が心落ち着く。 静けさに満ちて雨の日は尚更。 朝の9時。 普段よりもゆっくり目の時間に家内とともに朝食をとる。 興福寺の五重塔が雨にけぶって趣きを増し、時間が後景へと退いていく。 そこに身を置くだけで満ち足りた…

気も遠くなるような長蛇の列

いよいよその日がやってきた。 待ちに待った1月19日。 そう、この日、ワールドカップラグビーのチケットが先着順に販売されるのだった。 だからもちろんわたしの予定帳の筆頭にはチケット購入の記載があった。 朝の9時。 慌てて気づいて、わたしはグーグ…

思わぬ再会

先日、息子の時計の電池を替えた。 替えたばかりであったが、念の為、スペアの時計も持たせることにした。 思い返せば、彼が小6になったばかりの春のこと。 商店街の時計屋に連れていき、腕時計を選ばせた。 彼が指差したのは、アルバのスポーツウォッチだ…

33期のワンツーパスで活路が拓く

姜昌勲先生はことあるごとに言う。 ひとりで抱え込まず、まずは何でも相談することが大事。 だから受診の際、わたしは田中新二先生に相談した。 これは狭間研至に聞くのが最適ではないか。 そのような話になったので、それでわたしは狭間研至先生に相談した…

百年や千年もの厚みがあるかのように抱きしめる

仕事を終え天王寺から電車に乗って実家に向かった。 もちろん日本酒も忘れない。 先日、姫路で買った八重垣をこの日は携えた。 夜8時。 夕飯も終わった頃合い、テレビを見て過ごす両親の炬燵に混ざった。 うちは結婚20年目だが、こちらは51年目。 年季が違…

ありふれた日常もなかなかのもの

朝から家内とともに神戸。 昼を前に家内がラーメンを食べたいと言うので南京町に向かった。 家内の口からラーメンという言葉が出るなど珍しいことだった。 午前11時。 通り両側に軒を連ねる店舗がぼちぼち開店し始め、中華街全体に活気が兆した。 まずは子ら…

ホモ・サピエンスの母子物語

午後10時、二人の息子はまだ戻ってこない。下の息子は朝5時に出発し、日中は試合に出場し走り回って夜は塾。上の息子も朝から晩まで飽きもせず塾で過ごす。 丈夫で元気。それが何より。 息子の帰りに合わせ家内は夜食の支度をはじめ、彼らが起き始める時間に…

何が起こっているのかまずは見ようとすること

誰かが感情をハイジャックされたとき、うっかりすればその状態にこちらも感染し、作用に対し反作用、感情を応酬し合うという原始的にもほどがある泥仕合が勃発しかねない。 そんなとき、距離を置けるのであれば、そっとバッターボックスから離れるみたいに感…

たとえ黒でも真白に見える

家内がヨガを終えたのが先で、わたしがジムで走る間に夕飯の買物がとっくに済んでいた。 その荷物を全部引き受け一緒に帰る。 途中、上の息子からリクエストがあったうなぎを買うため名店川繁に寄った。 大ぶりのものを2尾選び、運良く肝もあったので2舟も…

働いたあ、働いたあ

二男が所望し、家内が家族人数分の淡路島バーガーを買ってきた。 が、わたしの分がどこにもない。 見ると二男が笑っている。 わたしの帰宅を前に、ラージサイズ2つを彼がぺろりと平らげていたのだった。 その食べっぷりが微笑ましい。 代わりにマグロの漬け…

たまには女房と待ち合わせ

午後5時過ぎ、梅田地下のケーニヒスクローネの前に立った。 待ち合わせは午後5時半。 時間があるので入り口付近の壁にもたれて文庫本のページを繰る。 時刻はまもなく午後5時半。 しかし待ち人は現れない。 少し経ってからメールが入った。 相方は阪神百…

正しいことだけが楽しい

この歳になると、正しいことだけが楽しいという境地になってくる。 昨日、カネちゃんがそう言った。 なるほど、とわたしは頷いた。 若い時分は腰が座らず目移りし、あっちふらふら、こっちふらふらとなるかもしれない。 が、中年にもなると分別ついて、自身…

男二人、遠く瞬く灯を共有した夜

学園前を訪れたのは何年ぶりのことだろう。 快速電車の乗客の大半がここで降り、その人の流れに従い改札に向かった。 駅を出ると周囲全面に商業ビルが立ち並び、街全体が明るく輝ききらびやかに見えた。 学園前が奈良の芦屋、と言われる所以を実感した瞬間で…

やはりわたしが一足先に

お年寄りに道を聞かれ、知っている場所なので一緒に歩いて案内することにした。 家内からのメールに、それは正しいことだと思う、と返事したとき河内小阪駅に着いた。 一路南へと歩を進める。 商店街を抜けるとあたりはすっかり暗くなり、冷え込みも増すもの…

2019年仕事始めの日の朝

なにはどうあれ休日の懐に抱かれて過ごすことは心地いい。 ふんわりとした肌ざわりの時間に相好崩し、いつまでもこんな風であればと叶わぬ夢を思い描きつつ、しかし予感したとおり、終わりはやってくるのだった。 仕事始めとなったこの日、明け方から神経高…

こんな日がもっとたくさんあってもよかった

イカのアヒージョをからめて軽く炒めたパスタとサラダ。 そこにデザートとして紅まどんなが添えられた。 三ヶ日が過ぎ日常が戻り、家内の食事作りもぼちぼち本格化し始めた。 長男と二男を送り出した後、朝9時にわたしたちも家を出た。 阪神高速を東に向い…

カゴの中にいるも同然

家内が友人夫婦をうちに招き歓待するというので邪魔にならぬようわたしは事務所に出た。 1月4日金曜は平日であるはずだがまだ電車はがら空きで閉まっている店も目立ち依然として世間は正月休みの真っ最中であるようだった。 実際、事務所にはわたし一人し…

音楽が心の奥深くに潜む美を表出させる

クルマだと渋滞に巻き込まれかねない。 だから姫路へは電車を使うことにした。 美味しい牡蠣を食べよう。 昨年末、夫婦でそう話し合っていた。 が、あれやこれや忙しくて延ばし延ばしとなり、結局実現は年をまたいだこの日に至った。 どこで食べようか。 新…

いたって地味で静かな正月

朝9時に出発し実家で両親をピックアップした。 二日は新春恒例の墓参りの日である。 風はひんやり冷たいが、空晴れ渡り陽射しは暖か。 あたり一帯の墓全てに色とりどりの花が添えられ、青空に映えて鮮やか壮観。 朝10時で既に人出多く、手を合わせたり、線…

交流促進の功労者

上の息子を送り出し、行きのハンドルをわたしが握って実家に向かう。 大晦日を義父宅で過ごした下の息子はそこから直接実家にやってくる。 年明けの挨拶を済ませ軽く食事し、下の妹家族とともに実家を後にした。 直後、下の息子が急に思い立った。 東京に行…