1
日陰に入ると途端に風が冷たくその肌寒さが心地いい。
空は青く、照り返しの光はどこまでもキラキラとして、おまけに金木犀の香りが空気に滲み渡り、街を歩くだけで上機嫌、幸福な気持ちとなる。
生きて在ることの素晴らしさを心ゆくまで堪能できる、百点満点の秋の好日であった。
ささやかであっても日々の務めを果たし、かなり不満、やや不満、普通、やや満足、かなり満足の5つの選択肢があれば、やや満足に丸できる日常が続くだけでかなり満足であり、かなり満足な毎日など滅相もない。
夕刻に差し掛かって肩の荷も下り自らを労うひとときを過ごす。
2
今夜は柏原の甲州ワインを買って帰る。
甲州種といえば日本の固有種であり、この独特の優しいスッキリ感は世界広しと言えど例を見ない。
先日の毎日新聞で甲州種の来歴が紹介されていた。
遡ればコーカサスで生まれたブドウ種に中国の野生種が混ざってできた種であり、日本に伝わったのは千年も前のことになる。
湿度高い日本でその種が生き延びたのは「野生種」のDNAがあってこそのことだという。
様々なぶどう種が伝わったなか、甲州種だけが残った。
この甲州種が、白ワインとなる。
どのような惣菜が今夜の食卓に彩るのかそれは家内に任せよう。
3
台風が直撃した日、塾が休みとなって二男と上方温泉一休を訪れた。
ちょうど台風が岸和田に上陸したという時刻、激しく降りつける豪雨のなかぎゃーと叫びつつ露天風呂エリアを横切り蒸気サウナに飛び込んだ。
温かな小糠雨に包まれるかのような静かな空間でひととき過ごす。
極上の癒やしとはこのことであろう。
親子水入らず、とても良い湯を堪能できた。
四方八方から巨大なホースで放水され続けるような大雨のなかクルマを走らせ家路につく。
よほど気に入ったのだろう、車内では二男がオースティン・パワーズの出だしを何度もリピートしている。
家内とロンドンでオースティン・パワーズの映画を観たときのことを思い出す。
長男も二男も生まれる前のことであった。
確かな時間が途切れることなくつながり、いまここに至った。
二男の橫顏に目をやる。
小さくはあっても平穏に満ちた空間が台風19号の猛威を縫って、静か静か西へ進んだ。