1
紫外線が強烈だ。
半袖で丸出しの前腕が焦げ付くようにヒリヒリとしてくる。
周囲見渡せばどの顔も真っ赤っ赤。
これはビールに酔ったせいというより、日焼けによるものなのだろう。
そのようにお台場オクトーバーフェスタの会場をキョロキョロ見渡していると、界隈に探索に出かけているはずの二男の後ろ姿が見えた。
誰かと話しながら車椅子を押し、ダイバーシティ方面へ向かっている。
その誰かは私自身にも心当りがない、知らない人である。
何かの訓練にでも誘われたのだろうか。
席に戻ってくるなり二男に聞いた。
ぶらぶらしていると一人で2台の車椅子を押す人を見かけた。
それでしばらく目をやってみた。
一人で2台押すというのはいかにもたいへんそうである。
これは手を貸さなければならない、二男はそう思った。
近づいて、押しますよと申し出て1台の取っ手を引き受けた。
GWの休みを利用して、はるばる四国から息子二人を連れて東京に来たのだとその父親は語った。
いろいろと見せてあげたいからねと、父親は言った。
いくつか言葉をやりとりしたが、その小学生の息子二人ともがなぜ車椅子なのかについては、二男は聞くことができなかった。
ガンダムがそびえ立つビルの前まで付き添うと、ここまででいいよ、おかげで助かったと二男はお礼を言われた。
父親が言うには、このビルにあるガンダム売り場が目的地だということであった。
晴天の昼下がり、車椅子の少年の憧れの的である等身大のモニュメントのたもとで、二男は手を振り四国からの旅人と別れた。
2
翌日のこと。
家内と銀座線に乗る。
三越前駅で扉が開く。
ホームには歩行器につかまって歩く老女がいる。
乗車しようとしているように見えるが、足並みは遅々として、車内に入るのが大儀そうである。
と、扉が閉まりそうになる。
そんな馬鹿な。
年寄りが乗り終えるのを少しくらい待つのが当然ではないかとメトロ乗務員の乱暴でせっかちな判断に憤りを覚えつつも、私はただその様子を傍観しているだけであった。
そのとき、誰かが老女に手を差し伸べた。
カラダを挺して閉まろうとするドアを遮り、老女が乗車するのを助けた。
私の家内であった。
車内に安堵感のようなものが広がった。
続いて、シートに座っていた幾人かが老女に席を譲ろうと一斉に腰を上げ、優しい笑顔で老女に合図する。
次の駅で降りますので、と老女は丁寧に会釈し席を固辞した。
日本橋に到着すると、同じ駅で降りる夫婦連れが老女に手を貸し降りるのを助けた。
良きものが連鎖したメトロ車内の一幕であった。
3
前日のこと。
上京するため新大阪に向かっていた早朝の車内。
がら空きである。
一人のおじさんの携帯が鳴る。
おじさんは電話を受け小声で話す。
待ち合わせ場所の確認のようだ。
私の真ん前であったが、全く気になるようなやりとりではない。
しかし、黙ってないのが大阪人。
扉挟んで私の隣に座るおっさんが、声を荒らげた。
咆哮、というレベルの大声である。
車内では携帯で話さないように、という内容を口汚い大阪言葉でまくしたてる。
鼻を澄ませば嫌悪するような臭いをキャッチしてしまいそうな風体のおっさんである。
全く強そうではないが、服はぼろく擦り切れ、髪は縮れ、汚さを絵に描いたような草臥れきった姿である。
大阪の一面を象徴する典型的なおっさんである。
市内どこにでもいるから珍しくともなんともない。
居合わせた者みなが不快感を覚えたに違いないが、何事もなかったように早く忘れようというように、誰もおっさんになど目もくれず相手にしない。
大阪人なら誰でもが心得ているように、それが一番正しい対応でもある。
おっさんは声は荒らげるが、それ以上の行動には出ないことを誰もが知っている。
無闇に干渉し、おっさんが引っ込みつかなくなった方が、双方にとって厄介なことになる。
草臥れたおっさんに説教しても無為なことであるし、後味が悪いだけであり、下手すれば身の危険に晒される可能性もなくはない。
どう考えても引き受けるに値しない、勘定合わないリスクと言えるだろう。
4
街の景観は、人が作る。
人もそれぞれ、景観もそれぞれだ。
帰阪後、駅で二男は話しかけられた。
「最近の阪神、どう思う?」
二男にとって、見知らぬおじさんから話しかけられることは珍しいことではない。
その度、曖昧に言葉を濁してその場を脱する。
この日も、「野球のことはよくわかりません」とだけ答えそれとなく場を移動した。
相手は人畜無害な善良なおじさんかもしれないが、口を利いた途端、言葉が不適切だと凄んで絡んでくるような質の悪い者であるかもしれないという懸念は拭えない。
危うきに近づかず、特に大阪ではそれが基本の心得となる。