KORANIKATARU

子らに語る時々日記

私たちの一番は今も不動のままである。


冬になると体育の授業は1,500m走ばかりになった。
大真面目に優劣を競う猛者もなかにはいたが、大半の者にとってはしんどいだけで面白くとも何ともない。

そんななか、独自の解決法を見出す者があった。

名はオカシュウ。
彼は1,500m走を「ゆっくり」走るという戦略をとった。
周回遅れの7分台。

眉間に皺を寄せゼーゼーハーハー真剣に走る者らに気前よく道を譲り、笑顔でゆっくり徹頭徹尾、最後尾をキープする。
シンガリ・ランという語は、オカシュウのこのおおらかな走りに由来している。

オカシュウがにっこり走る様子を目の当たりにし、出走の順番を待っていた私は、これええやんかと思った。
それで横にいた同級生に、適当に走ろうぜと持ちかけたのだった。

しかし、その同級生は凛々しい顔であっさり言った。
「全力を出すよ」

かれこれ30年以上経過するが、その言葉を忘れたことがない。

何やかやとたいへんな人生である。
やや押され気味となって気弱になるようなときには、当時中学生の少年が言い放った「全力を出す」という言葉を思い出し自分なり範としてきた。

トマス小崎研修館で彼は私の横の机であった。
私が彼の横顔を忘れたことがないように、大阪星光33期全員がそれぞれの場面でもって彼を忘れることがない。


台風18号は、大阪に大した被害をもたらさなかった。
雨もさほどではなかった。

曇空の車窓を眺めつつ、昼過ぎ、JRで京都に向かう。

少し早めについたので、用もないのに京都駅ビルのてっぺんまでエスカレータで昇って降りる。
下から吹き上げる風がすっかり秋の空気でありひんやりして気持ちいい。
世界津々浦々、各諸国からの旅行者とすれ違う。

一瞬日常の小窓が開いて、何か自身も旅をしているような錯覚にとらわれる。
電車でほんの半時間の距離であるが、やはり京都は大阪と全く異なる趣きだ。

エスカレータを降り、まっすぐグランヴィアホテルを目指した。


日本海海洋資源フォーラムin京都の会場は5階古今の間。
中央付近の座席はすでにギッシリ埋まっていたので、右端、一般席の最前列に腰掛けた。

定刻となって、出席者らが会場に現れた。
私の右横を数多くのお世話係に囲まれながら京都府知事や新潟県知事、青山繁晴さん、そして経産省の定光課長が通り過ぎて行く。

まずはアイデアコンテストの表彰が行われる。
演壇の袖に座って定光課長が高校生受賞者に拍手を送っている姿が見える。
表情は柔和で温かだ。

発表会が終わって、いよいよ定光課長の基調講演が始まった。
配られた資料によれば、ついこの間までロンドンに赴任していたようである。

メタンハイドレートにどのような種類があり、現在の調査方法や成果、今後の見通しや課題が明瞭明快に説明される。
声は落ち着き、程よい低さで耳心地よく、瞬間瞬間選びとる言葉も的確、話の構成もよくできていて、たいへん分かりやすい講演であった。

33期においてプレゼンと言えば狭間研至であるが、いやはや、定光課長もさすがの域である。

メタンハイドレートについてはまだ緒に就いたばかりの調査段階であり、採掘自体の方法論も定まっておらず、国としては徐々に予算を割り当てながら10年から20年のスパンで何らかの実用化を目指しているということが分かった。

また、日本海アラブを目指すという新潟県知事の言葉にも表れている通り日本海に面する県知事らは積極的に推進を図りたく国に働きかけ、その意向を経産省が国の窓口として汲んで取り組んでいくという構図もよく理解できた。

意見交換の際に青山さんが語ったように、日本独自の技術で世界に先駆け例えば東京オリンピック運営のための電力をすべてメタンハイドレートでまかなうといったことが実現できるようなことになれば、日本は資源大国として歴史的な大転換を世界にアピールできることになる。

夢のある話だ。


途中で退席する。
五時までには事務所に戻らねばならなかった。

伊勢丹で夕飯を買って帰ろうと思うが、お目当ての焼き鳥は中国人観光客で長蛇の列となっていた。
あきらめて手ぶらのまま大阪へ戻る。

SNSで33期の皆に報告しようと思ったがやめて、電車に揺られるにまかせる。
遠い記憶がひとつふたつ現れては通り過ぎて行く。

20年以上も前のこと。
33期の同級生が亡くなって、その通夜が大阪で行われた。

焼香の列に並ぶ。
横を見ると定光くんがいた。
静か遺影を見つめるその眼差しがあまりに真摯なものであったので声をかけ難かった。
ただただ私は彼の心根の優しさを感じ取るだけであった。

そのシーンもまた私のなか沁み込んだように残っている。


事務所で打ち合わせを済ませ、阪急オアシスで夕飯とする惣菜を買いスパに寄って帰途につく。

11月1日に行われる33期ゴルフコンペの案内メールを明日送信しなければならない。
今日のことについて、少しは触れようと思う。

私たちの上には常に高安くんがいて、誰一人として高安くんにかすりさえしかなった。
その上にいたのが定光くんだ。

33期の皆がそれぞれ各自の達成を果たしつつ一人前の男子としてさらに発展し続けている過程にあるが、私たちの一番、二番は今も不動のままであり、その一番、二番を生み出したエキストラとして、おらが村のトップがいまどこでどうしているのか興味覚えない者はないだろう。

皆に、このフォーラムに行ってくるよと言ってあった。
どのようであったか、首を長くして知らせを待っているに違いない。

遠くから見ただけであるが彼が健在であること、「全力を出す」姿勢は今も変わっていないこと、そういったことを伝えようと思う。

我々も頑張ろう。

いつの日か、エキストラの飲み会に主役を迎える日も来ることであろう。

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