1
夕刻にかけ更に冷え込み始めた。
凍えるほどに寒く、スーツだけだと薄着同然。
路上にあって心細さを覚える。
凍土の地で寒さ御してきた万物の霊長に畏敬の念を覚える。
わたしには無理だ。
当時生まれ落ちていたら真っ先に落伍したであろう。
暖を求め足を速める。
この寒さに晒され続けたら一溜まりもない。
大阪天満宮の裏の小路。
角を曲がって、目が留まる。
寒風切って走る自転車。
漕いでいるのは、天六のいんちょだった。
腹心の看護師を伴っている。
ここら一帯を往診で回って福効医院へと戻る途上であったようだ。
なるほど、「家族のようにあなたを診ます」。
往診の様子が目に浮かぶ。
自宅で療養しているご老人からすれば、息子夫婦が自転車で訪ねてきてくれるような心暖かさを覚えるに違いない。
医師と患者という間柄に血が通うようなもの。
天六のいんちょは万物の霊長であった。
2
その道すがらファルメディコに立ち寄った。
まさか、社長が社にあった。
いまをときめく会社経営者であり、薬局業界のパイオニアであって日本各地を経巡り、地元地域の医師でもあり続け、ここ最近は大病院を統括する立場も兼任している。
常人においては想像を絶する。
頭と体と気力がいくつあっても足りないような話である。
その社長がたまたまのタイミングで在社していたのだから驚いた。
活躍ぶりがすごいね。
そう言うと、まさに男盛り、旬の男子は何でもないように笑った。
その笑顔に医療の遠景と近景をしかとつなぐ者の覇気が垣間見える。
神様は解決できない課題を与えないとは言うけれど、狭間研至その人に対する要求は並ではない。
神様の千本ノックを軽やかさばき、切れ味鋭く投げ返し続ける。
狭間研至も万物の霊長に他ならなかった。
3
もはやわたしは、寒い寒いなど泣き言を並べている場合ではなかった。
まさに星のしるべ。
目にしたばかりの星の光を思い浮かべつつ師走迫る天神橋をゆく。
その残光が黄昏時の極寒を跳ね返す。