帰宅する。
二男はひとり映画を観に出かけたという。
運動不足を指摘され連れられるようにして歩く。
芦屋まで片道一時間強。
行って戻る。
ちょうど二男の帰宅時間と重なる。
そのまま一緒に食卓を囲む。
昼にわたしが見た映画について話す。
「ルルドの泉」。
舞台はフランスのルルド。
マリアが現れたと言い伝えられる巡礼の地。
泉の水を口に含めば難病が治癒するといわれる。
奇蹟を求め病や怪我で苦しむ数多くの信者がこの地を訪れる。
縋るような思いで救い求める人の絶えることがない。
主人公は車椅子。
当地で数日過ごす。
奇蹟が起こった。
ある夜のこと。
主人公は夜中にむくりと起き出し自らの足で歩いた。
立って歩きなさいという声が聞こえたのだと主人公は言う。
奇蹟が起こるならもっとふさわしい人がいる。
なぜ彼女に奇蹟が。
祝福はするものの周囲の反応は複雑だ。
主人公は晴れ晴れとしている。
伴侶得て家庭も持てるかもねとどこかのおばさんに言われて満更でもなさそうだ。
彼女は一躍時の人となる。
なにしろ奇蹟の当事者。
滞在最終日のエクスカージョンは山登り。
かつてなら考えられなかった。
眺望のいい場所でハンサムなお世話係とキスもする。
人生最良の時。
よかった、よかった。
彼女の夢見心地に観る者も感情移入する。
ルルドを後にする最後の夜。
パーティーが催された。
主人公はベスト巡礼者賞を授与され舞台でスピーチする。
なぜ自分の身に奇蹟が起こったのか不思議だが、これまでできなかったことをいろいろやってみたい。
彼女は希望に胸膨らませる。
パーティーは盛り上がる。
主人公はハンサムな世話役男子とダンスする。
そのときであった。
主人公はよろめき、そして倒れる。
聡い者らは察知する。
奇蹟でも何でもなかった。
療養によって生じた一時的な現象に過ぎなかったのだ。
有頂天だった彼女に対し皮肉な視線を向ける者らがあり、気まずいのか見て見ぬふりする者らがあった。
嘲りあるいは無関心に彼女は取り囲まれる。
パーティーの賑やかさが彼女の孤立を残酷に際立たせる。
彼女本人が一番よく分かっていた。
希望から絶望へと彼女自身の景色が暗転していく。
奇蹟を一緒に喜んで束の間、観る者もこの結末に絶句する。
希望と絶望は隣り合わせ。
がっかりだけが人生なのか。
ラストシーン。
主人公の暗澹とした横顔とともに映画が終わる。
もし神様が実在したとしてその課すハードルはあまりに高い。
そう学ぶしかない映画であった。