KORANIKATARU

子らに語る時々日記

下町サウナの一場面

雨だったのでジョギングはあきらめサウナに向かった。
一時期、仕事後はサウナに通うのが日課のようになっていた。

憂さを晴らすには走るほうが適している。
それで最近はサウナに寄る回数がめっきり減った。

久々訪れた馴染みのサウナは相変わらず下町風情を醸し、今日も市井のお兄さん方で賑わっている。

腰掛けた途端に話しかけられた。
このあいだ、サウナに変質者が現れた、知ってるかい。

わたしが首を横に振ると、お兄さんは得意気に話し始めた。

気の弱そうな男子が一人サウナにうずくまっていたそうな。
そこに、毛むくじゃらが現れた。
男子の真横に座ってカラダをこすりつけるようにしてにじりよってくる。

男子は腰が抜けそうだった。
密室である。
とっさに状況判断できない。

変質者の興奮した様子がちらりと目に入った。
差し迫った状況であることは一目瞭然であった。

怖気が走った。
やめろよと怒鳴る。
しかし少し高い声音で、上ずった発声だったからだろうか、毛むくじゃらは怯むことなくええじゃないかと甘えたようにカラダを寄せてくる。

底力を振り絞り男子は毛むくじゃらを両手で押しのけた。
サウナを脱出し、番台に駆けて行った。

毛むくじゃらが追ってきてしどろもどろで釈明を始める。
番台のお姉さんが間に入って、今後は気をつけるという言質をとってその場を収めた。

そのような話であった。
私ならどうするか、と一瞬考え、そんなことはあり得ないとすぐに分かって笑ってしまう。

饒舌にあれこれ話すお兄さんの仲間らがサウナに現れ、わたしは解放された。

腕立て伏せが何回できるかという話でおじさんや若者らが盛り上がっている。
サウナのなかちょっとしたコンペティションが始まった。

腕っ節のおじさんが連続で100回を成し遂げたときには歓声が上がった。
酒が入っていなければ200回はいけるんだがとおじさんは照れて笑った。

上司に追従並べるお調子者らのように、すごいですねその腕と胸の筋肉、と若者らがおじさんの肉体を褒めそやす。
背中の筋肉の方が自信があるんだよと、おじさんは若者らに力をこめた背を見せる。

童心に帰ってしまいそうな一歩手前でわたしは踏みとどまり、笑うのを必死でこらえた。

先日現れたという毛むくじゃらのことがふと頭をよぎる。
このサウナ、毛むくじゃらにはたまらない。
彼はきっとまた現れる。
もちろん、つっかえてしまって腕立て伏せに参加できるはずはない。