一人で過ごす土曜日。
デッキに映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』をセットした。
高い評価を得ている。
それ以外なにも知らずに見始めた。
心の奥深くまで染み入ってくる、素晴らしい作品だった。
数々の場面、登場人物、そしてその地に寄り添う海をこの先何度でも思い返すことになるだろう。
主人公は幸福に暮らしていた。
が、ある夜の出来事によって人生が暗転してしまう。
奈落の底に突き落とされた、としか言いようがない。
彼の立場に置かれたら、わたしならもはや生きていけない。
精神は壊滅し、救いのない虚無のなか留め置かれる苦しさにとても耐えられるとは思えない。
観る者は映像を通じ彼の心のうちを行き来することになって、その痛切に胸締めつけられる。
あるとき、そんな主人公に変化が訪れた。
彼には病に伏す兄がいた。
その兄が亡くなったとの報せを受ける。
兄は弟に遺言を残していた。
主人公が負う苦しさは癒えるような類のものではない。
それでも、その遺言がきっかけとなって、少しずつ、ほんの少しずつ彼は人としての心を取り戻していくことになる。
そしてついには、彼の真っ暗闇の虚無のなか未来という一筋の光が差すことになる。
不幸に見舞われれば、生きることは絶望的に苦しいものになる。
しかし、そんななかであっても、わたしたちには、目を向けてくれる誰かがいて、目を向けるべき誰かがいる。
主人公にとっては、兄や兄の友人が目を向けてくれる誰かであり、そして兄の息子が目を向けるべき誰かであった。
人が人であるための、当たり前過ぎて気にも留めない当たり前を、この映画に教えられたような気がする。
映画を見終えて、ひとり夕飯。
向かうは野田阪神の馳走。
刺身三種盛り、カツオのたたき、イカの姿焼きなどを肴に四日ぶりのお酒。
わたしの視野の大半はたいてい息子二人に占められているが、この夜はその周辺にも視界を広げ、わたしが目を向けるべき存在について思い巡らせることになった。