迎えの時間まで間があった。
サウナで過ごす。
いつか来た道。
下の息子が小6のときが最も頻繁だった。
上六の塾でピックアップするのが夜10時。
昔も今も時間を潰すとなれば行き先は風呂になる。
この夜サウナ空間には90年当時の歌謡曲が響き渡っていた。
じっと座って聞き耳立ててかつてを懐かしむ。
それらメロディにわたしの青春時代が刻印されている。
甘酸っぱいというよりほとんど酸っぱいだけの思い出が心を疼かせ発汗を促す。
もうすぐ息子がその青春に突入することになる。
彼のことである。
わたしのときよりはるかに甘味多い時間を得ることになるに違いない。
恩師や友人や恋人など彼を待ち受ける数々の良き出会いを想像するだけで親バカは幸せな気持ちになれる。
親の役得。
甘味のお裾分けのようなものと言えるだろう。
この夜、約束の時間は22:20。
大学の二次試験と同じ日に同じ問題をこなす。
二日間に渡って夕方から夜中までぶっ通しの長丁場であり、今日など学校を終えてからの試験であるから、かなりハードで過酷とさえ言える。
各地東進の試験会場に、本番を一年後に控えた灘や甲陽や大阪星光や西大和など腕に覚えある高2の連中が集って、その日先輩らが相まみえたのと同じ問題に取り組みしのぎを削る。
のびのびゆるやかふんわりとした空気に一面覆われていくかのような少子化社会日本に見えて、局所においてはまだタフでハードな通過儀礼の世界が残存している。
上海やソウルや台北やシンガポールや香港や北京の図抜けて優秀で屈強な十代に伍し得る存在が日本でまだ死に絶えた訳ではないと言えるだろう。
10時30分を過ぎて、見慣れた四人組が現れた。
中1からの仲の四人組が揃って現れ、そこに息子も混ざっている。
親としてこういった光景を目にすることほど嬉しいことはない。
皆に手を振り別れ、家へとクルマを走らせる。
家に着くと同時、家内が息子の夕飯を温め始めた。
風呂をあがるころにはご馳走が並んでいることだろう。
わたしはベッドで横になる。
階下の声が聞える。
明日の朝食や弁当について母子にて意見交換がなされている。
朝はホットドッグであるらしい。
そんなやりとりを聴きつつ眠り、そして朝の4時。
家内が食事の支度をし始め、その物音で目が覚めた。