ホームに立つ人々の顔が苦悶に歪んでいる。
噴き出す汗を腕でぬぐう若者、顔面全体から汗が滲み出しそれにじっと耐えている女性、ワイシャツが汗でびしょ濡れになっている男性、どの表情も不快を通り越して苦痛といった風に見えた。
電車が到着し、ホーム全体にほっと安堵の色が浮かんだ。
扉が開くのを今か今かと待ち構え、入り口付近に人が押し寄せてくる。
扉が開いて入れ替わり、わたしは枚方駅のホームに降り立った。
長く電車に乗ってカラダが冷えていたので熱気が心地いい。
と思ったのも束の間、あまりに暑くて発汗を抑えようがない。
ズボンが足にまとわりついて不快の度が増していく。
そのうちやけになってくる。
無駄な抵抗はやめ、汗が滴るに任せる。
仕事を終え今度はわたしがホームで電車の到来を待望する側にまわった。
さすが関西ナンバーワンの高気温を記録し続けている枚方である。
灼かれるような暑さに音を上げそうになるすんでのところ、電車がやってきた。
電車のなか空調の涼風にあたり、わたしは徐々に人間へと戻っていった。
事務所に寄って軽く事務作業を済ませ、ちょっと出てくると言い残し、わたしは近所の銭湯に向かった。
灼熱の夏、明るいうちに入る風呂の心地良さは、聖なる域に属す。
洗い清められ、生き返る。
まっさらな肌着を身に着け、シャツもズボンも洗い立てのものに着替える。
まさに生まれ変わり。
脱衣所で十分にカラダを冷やして事務所に荷物を置き、そのまま駅へと向かう。
行き先はJR住吉駅。
待ち合わせ時刻は7時半。
汗まみれの一日を終えた人々で快速電車は混み合っていたがわたしは快適。
運良く座れて、家内にメールする。
夕飯はいらない。
二男の保護者会を終えての帰途、長い列に並んで家内はうなぎを買ったという。
その写真が送られてくる。
そう言えば今日は土用の丑の日。
子らの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
7時28分、電車を降りた。
改札を出ると、すでに安本先生とマエガワさんの姿があった。
安本先生が予約したという店に向かう。
ちょうど山口とうふの前。
店の名は、香港海鮮酒家レイユームン。
一歩入って、心やすらぐ。
どこか旅先にあるかのよう。
日常を忘れ時間を忘れ優雅に憩える空間がそこに広がっていた。
そこで男三人腰掛けてビールで乾杯。
男っぽい頼み方で安本先生が注文した品々が次々運ばれてくる。
あわび、えび、ひな鳥、点心、酢豚、麻婆豆腐、エトセトラ、エトセトラ、出てきたすべての料理が見事な出来栄え。
わたしたちは一品味わうごとに声を潜めて感嘆し、あまりの美味しさに何度もため息をつくことになった。
途中、店内にいた男性客がこちらのテーブルに近づいてきた。
安本先生にお辞儀し日頃のお礼を述べまたお辞儀する。
患者さんの方であった。
誰だって安本先生のことが好きで、見かければ声をかけずにはいられず、お礼を述べずにはいられない。
安本先生の人柄のすべてが集約された一場面とも言えた。
わたしは料理の写真を撮り、今度はここで食事しようとメッセージを添え、家内に送る。
誰と一緒?
そうメールが返ってきたので、安本先生をパシャリと撮って送信した。
10年ものの紹興酒が二瓶空いて、シメはチャーハン。
これまた絶品。
わたしたちはチャーハンの1粒1粒に恋をした。
皆に招集をかけよう、次の飲み会はここで決まり。
そう話し合いつつ、駅近くのバーで仕上げに一杯飲んでお開き。
六甲山から海へと向かって吹き下ろす風にあたりつつ、男三人駅にて解散。
長く思い出に残る素晴らしい一夜となった。