息子と過ごす間、観た映画は一本だけではなかった。
『ウィンストン・チャーチル』には長男も関心を示し、ときおり後ろから画面を覗き込み話しかけてきた。
チャーチルの首相就任演説と『英国王のスピーチ』はどっちが先なのか。
そう問われ、思わず言葉に詰まった。
こんなときはネットで検索するに限る。
映画を一時停止しグーグルで調べた。
英国王ジョージ6世が国民に向けスピーチしたのは1939年9月3日。
イギリスがドイツに宣戦布告した日のことである。
そしてその半年後、チャーチルが首相になった。
その就任の演説は1940年5月13日。
英国王が国民を鼓舞しドイツを向こうに回したものの、以後ドイツは勢力を拡大し続け、イギリス上陸まであと一歩というところにまで迫った。
この難局においてチャーチルが首相に選ばれ、再度、国民を鼓舞することになった、という流れである。
そう把握できるとストーリーにぐっと入っていきやすくなる。
映画のなか一番の見せ場はチャーチルが議会で行った1940年6月4日の演説の場面だろう。
ドイツを相手に和平交渉を進めたい。
閣僚らのそんな思惑を断固はねのけ、「海で、空で、海岸で、敵の上陸地点で。野原で、街中で、丘で戦う。いかなる犠牲を払っても祖国を守り抜く」とチャーチルは議員らに強く訴えかけた。
心鷲掴みにされるかのような迫力であり震えるほどの感動を覚えつつ、その場面を一緒に見ている息子に言った。
映画『ブレイブ・ハート』でスコットランドの民に決起促すウィリアム・ウォレスの熱弁に匹敵する。
だから新婚旅行のときスターリング城まで足を伸ばした。
長男はわたしの話には乗ってこず、ぽつりと言った。
相手側も同じように鼓舞されているのだろう。
なるほど、そう言えばそうに違いない。
向こうにはヒトラーがいて、ゲッペルスがいた。
ドイツの民も魂ゆさぶられるほど鼓舞されていたはずである。
鼓舞が感動を呼び、ドラマであれば不可欠な要素にもなるが、しかし、よくよく考えれば鼓舞されるというのは、ある種の陶酔、つまり理性が麻痺した状態と言えなくもなく、そうであれば危なっかしいことこの上ない。
ここ一番、鼓舞が決定的なパワーを引き出し得るのも確かなことだろうが、その結果は誰も与り知らない。
後は野となれ山となれとならぬよう、渦中にあっても頬つねって夢から覚める。
そんな程度の冷静さは持ち合わせていた方がいいのだろう。