お年寄りに道を聞かれ、知っている場所なので一緒に歩いて案内することにした。
家内からのメールに、それは正しいことだと思う、と返事したとき河内小阪駅に着いた。
一路南へと歩を進める。
商店街を抜けるとあたりはすっかり暗くなり、冷え込みも増すものだから急に寂しいような気持ちになった。
まもなく焼肉の香が鼻孔を捉えた。
ふと目をやると、宝園がそびえ立っていた。
途上にあった暗がりとは別世界。
なかに入ると明るく暖かで、そこは活気に満ちていた。
会場は2階。
フロア貸し切っての新年会であった。
事業主の前の席に案内され、新年の挨拶などしているうち、場が整った。
乾杯の発声を仰せつかり頭は真白であったが、とにかく元気よく大声で喋って当事業所での新年のキックオフとした。
あとは至れり尽くせり。
極上の肉が次から次へと運ばれて、ビールからマッコリそしてビールへとめぐり、これぞまさしく酒池肉林というものであった。
さんざ食べて最後には中年なのにスヌーピーのぽち袋に入ったお年玉までもらって更にご満悦となった。
もと来た暗がりの道を通って帰途を急ぎ、家で待つ家内に真っ先、そのお年玉を届けた。
そんなお年玉を家内が無邪気に喜ぶものだから、これまたなぜだか急に寂しいような思いとなった。
思えば道を尋ねるのに等しいようなきっかけが縁で、はるばる20年に渡って一緒に歩いてきた。
その二人三脚がどこかに行き着いていつかは終わる、というイメージがふいに頭をよぎって、だから胸がしめつけられたのだろう。
子らがすべて。
その共通の思いで互い相補い合って、ほぼ大半、わたしが助けられてきた。
つまり、女房がいてこそ今がある。
年々そんな思いが強くなっていく。
やはり絶対、わたしが先に舞台袖へと姿を消すのが一番だろう。
順番違えば、どう耐えていいのか見当もつかない。