KORANIKATARU

子らに語る時々日記

まもなく新天地にて集結

これをもう一年させるなど考えられない。

息子が取り組み格闘する内容をつぶさ見て率直にそう思った。

 

過去問など見ればその手強さが一目瞭然であった。

タフでシャープな地頭が必須で分量も半端ではないから、スライディングされても倒れないような強いフィジカルが必須かつ細心の注意で地雷もかわしトップスピードで走り抜ける、そんな曲芸の域とも言えるパフォーマンスが要求されるからハード極まりない。

 

もちろん若いうちに楽を覚えるとろくなことはない。

だから確かに一度は取り組む価値はあるだろう。

やれば地力が増して逞しくなり、やらねば軟弱の徒で終わりかねず一生尾を引く。

 

しかし一度で十分であり、これを更に一年するなど消耗が過ぎてむしろ逆効果であろうと思われた。

 

気力体力は有限。

同じ労力を費やすなら他にも有益な対象が山ほどある。

 

受験勉強を終えた後は、関心領域の勉強に時間を使いたいであろうし、一年は海外留学にも赴きたいだろうから、どう考えても同じことを二年もする意義は見出せない。

 

それゆえ「現役で通る」ということがうちの最重要ミッションとなり、進学先のレベルに安易な妥協はしないにしてもリスクを回避するためには少なくとも選択肢が複数必要でそのため自ずと受験日程は長くなり、なおかつ本人は露も関西の大学に関心を示さなかったので遠路を押し東京に滞在しての受験となった。

 

関西を後にすることについては、わたし自身も息子の考えに賛成だった。

 

いま現在どう贔屓目に見ても、東西を比較しそこに対となるような存在感の均衡は見いだせず、一地方と中央というその非対称な関係がますます加速され差は開く一方に見える。

こちらは向こうを意識していても、向こうはこちらのことなど意識の端にもない。

それが否定し難い現実だろう。

 

渦に身をおいてこそ力が涵養される。

そう思えば大人の階段をどこでのぼるのが好ましいか、答えは明らかであるように感じられる。

ガッツとバイタリティ溢れる男子の意欲は押し止めようがない。

 

結果、ここ数年定員が絞りに絞られ大激戦となった複数の混戦のなか身を投じることになった。

少子化で大学入試が易化するなど一体どこの国の話なのだろう。

この激戦、何にでも比例計算があてはまると思うナイーブな感性の出る幕はない。

 

今回の行程に家内が帯同するのは当然と言えた。

親がついてくるなど、なんとひ弱なという意見もあるだろうが、そんなこだわりなど受験に際してなんの役にも立たない。

 

中3のとき、極寒のゲルフに一人旅立ち3ヶ月以上を上機嫌で過ごした男である。

東京に行くことくらい屁でもない。

 

焦点はそんなところにはなく、今回の目的は何が何でも熾烈極める激戦を制し大学に通って帰ってくることにある。

であれば、最強サポーターである家内がセコンドにつかない選択などありようがない。

 

有能な秘書として家内が参画することでアウェイの地がホームに変わる。

 

実際、食事や移動、ホテルの手配すべてに渡って家内が機転を利かせ抜群のコミュニケーション能力を発揮し、万事スムーズに事を進め、終始体調も万全で試験に臨めたので、やはり正しい戦略であった。

 

よって結果も順調。

最後の行程をひとつのみ残し、苦闘のさなか夢にまで見たふんわり気分を春の陽気とともにいま満喫することができている。

 

振り返れば、頭が変になってしまいそうな序盤であった。

 

その昔、交流戦などなかった頃の日本シリーズでは第一戦に殺気がみなぎった。

相手の力量に対する実感がないままぶつかって、その初戦で流れが決まる。

だからグランドには恐怖感伴うようないびつな闘志が渦巻いて空気が異様に張り詰めた。

 

今回の受験も同じ。

まさにそのようにして幕が開いて落ち着くまでの数日は心が千々に乱れた。

時間が経って記憶が書き換わる前、出だしの心境について忘れぬようここに記載しておこうと思う。

 

なにはともあれまもなく春。

友人ら皆が揃ってここをくぐり抜け大学一年生となり、新天地にて集結することになる。

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2019年2月14日午後8時 四谷とんちゃん