京都から南へ下り大和西大寺駅で乗り換える際、小腹が空いていたので駅構内の二条庵の暖簾をくぐろうとした。
そのとき、家内からメールが入った。
夕飯に肉を焼くので間食は控えるように。
後ろ髪を引かれる思いで二条庵に背を向け、わたしは三宮方面のホームへと階段を下った。
電車を乗り換えると、視界のはるか先まで田畑が続いたさっきまでの車窓の景色が一変した。
濃緑まばゆい山並みと所々に白雲あしらわれた鮮やかな青空といった遠景も姿を消した。
奈良を後にし大阪に近づくにつれ雑多な建物が次第その数を増し、一面に敷き詰められた雑多が視界を覆って喧しくなっていった。
乗車時間1時間ほどで兵庫に抜け思ったより早く目的地に到着した。
駅まで迎えにくるという家内にメールするといま『怒り超絶で買物している』という。
それでわたしは改札を抜け駅北側にあるイカリスーパーに向かった。
襲来する暑さに顔面歪む日中であったが、日暮れを前に風やわらいで、だから表情もやわらいだ。
スーパーに入って辺りを見回す。
お酒売り場に目をやったとき、そこにシュッとした出で立ちの女性がいて、タイトなシルエットの紺のカーディガンがここら界隈のハイソな雰囲気をこれでもかといった風に漂わせていた。
まさかと思いつつ近づくと、家内であった。
唐突な形で身内を目にすると、他人感覚で視野に飛び込むから身内感が一瞬薄れ戸惑うといったようなことが起こるのだろう。
バロークスとビールを数種選びチーズを選びパンを買い、鍋にするからと家内が豚肉と野菜をカゴに放り込んでいった。
話が違うとは思ったが、二男のリクエストがあって前言が翻ったのだろうと察し何も言わずわたしはカートを押した。
ここ数日とまったく同様、夫婦で夕飯の時間を過ごす。
金曜なので食後わたしはリビングで映画を見始めた。
タイトルは『クリードⅡ』。
序盤、ロッキーがエイドリアンを回想するシーンがあって、わたしはいきなり涙してしまった。
思えば小学生のときから馴染んだロッキーでありエイドリアンである。
その片方がもういない、と思えば寂しくて落涙避けられないのも当然だろう。
果たして映画はいつものとおり。
倒されても立ち上がって、最後には勝つ、という定番。
住まいであれ料理であれ物語であれ、定番の肌ざわりというのはいいものだ。
映画を見終えるとわたしの横では家内が寝息をたてていた。
午前中にハードなヨガに取り組んで、コーナンやらで嵩ある買い物し、食事の支度もして疲れていたのだろう。
タオルケットをかけ冷房を緩め、わたしはひとりテーブルに座って更け行く夜を相手に飲み直すことにした。
定番の余韻に浸りつつ飲むカティーサークのハイボールは格別の味わいであった。