近畿ブロック準決勝の朝、大量に茹でられたパワーパスタとスイカを食べ、二男が前の公園でウォーミングアップをはじめた。
それが終わるのを待ってクルマを発進させた。
行き先は前日と同じ、天理の親里競技場。
車内後部座席、音楽を聴きつつ窓外に目をやって二男は物思いにふけっている。
放っておけばと思うが、そこは母。
助手席から家内がお茶やおはぎを度々渡そうとし、その度、二男は首を横に振った。
集合時間より30分も前に到着。
前日と打って変わって灼熱の晴天。
二男を送り出し、試合が始まる頃合いまでわたしたちは車内で過ごすことにした。
試合20分前になって観戦場所を確保するためわたしはグランド脇のベンチを物色し、家内はママ友のもとに向かった。
眼下にグランドが見渡せる。
幾匹もの赤トンボが視界を横切っていく。
遠からず夏は終わるのだった。
軽い練習を終えた星光の代表選手に夕陽ケ丘の女子が差し入れしている光景が目に入って微笑ましい。
まもなく制服姿の星光66期4人が姿を現しベンチではなく芝生のうえに並んで腰を下ろした。
学校での補習を終えその足で友人の応援のため駆けつけたようだった。
そこに心優しいお姉さんが登場し、彼ら一人一人にジュースを手渡していった。
さすが星光ママと思ってよく見ると、ジュースを買って配っていたのは家内だった。
この日、大阪代表が挑む相手は奈良代表。
実質的には全国大会2位の天理と戦うことになるから勝算はないに等しかった。
序盤ですでに試合の行方は明らかだった。
天理の選手についてはスティックが身体の一部であるかのようであった。
だからボール運びがリズミカルで予見的であり、全員の動きが、キレあって小気味よく鮮やかだった。
対する大阪は振り回され、活路見出すには偶発的な要素に期待する他なかった。
が、相手のフォーメーションは試合が進むほど統制が効いて完成度が増していった。
大阪代表はフィールドすべての地点において打ち手を封じられ、劣勢極まる流れのなか右往左往するばかりで、見ていてこんな苦しい試合はなかった。
わたしは大阪チームの11番と12番の動きにだけにフォーカスすることにした。
ともに大阪星光の66期高校2年、男前でもちろん学業も優秀。
相手は強すぎたがその分、このスポーツの本質を学ぶうえで最良のお手本と言えた。
11番と12番が来年につながる何かをこの場で得られれば上々とわたしは思った。
幸い、試合終了間際、夕陽ケ丘の10番が前線で粘ってしがみついて鉄壁の守備をかいくぐり、一矢報いた。
奇跡とも言えるこの得点はまさに明日につながる、未来を切り開くための一点になるに違いなかった。
結局、近畿ブロックで大阪代表は3位に終わった。
試合後、子らは子らで連れ立ってご飯を食べて風呂に行く。
賞状を手に記念撮影する姿を見届け、わたしと家内は会場を後にした。
昼食には洋食katsuiを選んだ。
もとは大阪の長堀橋にあった名店である。
わたしたちはペアランチを選び、いちじく生ハムとエビフライを単品で頼んだ。
食後はコーヒーをゆっくり味わい、しめに自家製レモンと蜂蜜が清涼な甘みを醸すかき氷を食べた。
立地、設え、料理、接客すべてよし。
快適で居心地よく、旅先のホテルで過ごしているような優雅な居住感をひととき味わえ、グランドで熱射を受けた疲労はすっかり癒えた。
帰途、これまた前日同様、まほろばキッチンに寄った。
いちじくとスイカとシャインマスカットと地の野菜を買い、奈良に思い残すことはもう何もないと家内は言い満足げだった。
西名阪から一路西宮を目指しクルマを走らせる。
ハンドル握る家内の饒舌に耳を傾けていると、長男から電話が入った。
週明けから6泊7日、菅平でのラグビー合宿に参加するという連絡だった。
用件を終えての雑談のなか、かつてのラグビー仲間の話題が出た。
長男が中学生のとき、地元チームで一緒に戦った相棒のことである。
チームは強くなかったが試合の度に二人は目立ち、常に兵庫選抜の候補メンバーに選ばれた。
セレクションの練習に参加することかなわず長男が途中で辞退する一方、相棒はやり抜き通し、2015年12月、兵庫県選抜チームが初の全国制覇を果たしたときのメンバーとなった。
ちなみに、決勝での対神奈川戦、ロスタイムに逆転トライを決めたのは当時の中2で、彼はいま神戸高校ラグビー部の主将を務めている。
中学生のときに400mを50秒で走り兵庫県ラグビーチームの主力を全うしつつ神戸高校に入ったのだから凄い。
足が速くカラダが強く頭がいい、ということであるから男のなかの男と言っていい。
話は戻る。
その相棒はラグビー修行のため親元を離れ強豪の高校を進学先に選んだ。
花園にも出場を果たしたが、一念発起し勉学にも励み今年現役で同志社大学の合格を掴んだという。
国際人として羽ばたくべく学業にボランティアに大いに励んでいるらしく、当時を知る者として、かつての盟友の確かな足取りを耳にし嬉しくて仕方がない。
送迎などで相棒の母にうちの息子もたいへん世話になった。
子の意思を尊重し子のため労苦惜しまない母だった。
文武両道の男子の陰にはやはり必ず不屈の母がいるのだった。
その母の気持ちを思うと、更に嬉しさが増してくる。
家が近づき地元のスーパーに寄った。
世界で3秒に1本売れているというエノテカの白ワインを選び夕飯のお供にすることにした。
空芯菜の炒めもの、いちじく生ハム、きゅうりとトマトと人参のパプリカなどが食卓に並び、白ワインを注ぎ合いつつ味わった。
話題は文武両道の凄みある男子とその母たちのこと。
彼らの真価は職業者となってから、より明瞭になるのではないか。
実弾装填したような真剣勝負でドンパチするとき、普通の男はそんな男らに到底敵わない。
カラダが違うし鍛え方が違うから根性も普通ではなく、更にはバックに惜しみなく愛情を注いできた母がいる。
そんな男子に競り合って勝つなど、簡単なことではないだろう。
世の中やはり上には上がいる。
ところで、この日の夕飯のMVPは奈良で買ったおぼろ豆腐。
京都で買った豆腐用の醤油と実によく合い、単なる豆腐なのにわたしはお代わりを所望した。
豆腐をお代わりしたなど生まれて初めてのことだった。