KORANIKATARU

子らに語る時々日記

ひとつがいの野生の声

日曜日、することがない。

月曜を先取りし仕事でもしようと思うが、その気持ちを抑えた。

 

駆け出しの頃は土日も祝日もなかった。

年季を積むほど余裕が生じ、最近では平日にさえ暇があるという状態になった。

 

余裕ができてはじめて、休日の大切さを痛感することになった。

 

何事であれ疲労があっては勝負にならない。

若気のバカ気はそれを知らず負の螺旋をひた走る悪循環のなかもがき苦しみ仕事の質を悪くするばかりだったと言えるだろう。

 

休めば疲労が癒えて、心中に余白が生まれる。

これがタメになって、再始動時の力強い動力源となる。

つまり、タメがなければ動力を欠くのだから、仕事に勢いが得られるはずもない。

 

自らにそう言い聞かせ、事務所で仕事せぬよう朝から過ごした。

午前中、窓全面から降り注ぐ初夏の陽射しを受けつつ読書して、ラジオを聴いた。

不思議なものでラジオを流すと場が静まって時間の流れがゆるやかになる。

 

午後、引き続き天気がいいので気分転換を兼ね走ることにした。

ここらであれば、淀川堤防沿いがコースとして適している。

 

直射を浴びて走るから次から次へと汗が噴き出てやたらと気持ちがいい。

微風に波打ちキラキラ光る川面を眺め、ときに青空を仰いで淀川大橋を渡り、続いて川に沿って十三大橋を目指してのんびり走った。

 

思い思いにくつろぐ家族連れなどが視界に入り、こちらの気持ちも緩んでほどけその空間に溶け込んでくつろぎと同化した。

 

走り終えて爽快そのもの。

前日同様、事務所で宴と相成った。

 

コンビニで買ったつまみとビールで自らをねぎらい、Netflixで『人間レッスン』を観始めた。

これまた内角低めにどすんと重いストレートといった感じの作品ですぐに引き込まれて止められなくなった。

 

結局、第3話まで観終えて帰途についた。

途中、野田阪神近くの風呂屋に寄った。

 

カラダを洗っていると、後ろの誰かが女風呂に向け声を発した。

「キョウコ、風呂出るん8時40分になるわ」

 

わたしは振り返って声の主に目をやった。

仁王立ちする若き体躯は30代前半。

荒削りだがまま男前。

 

まもなく、その男に向け湯けむりの向こうから艷やか優しい声が返ってきた。

「ゆっくりしていいよ」

 

そのひとつがいの野生の声に触れ、ふと考えた。

いったいわたしたち33期のうち何人がこうした飾り気なく仲睦まじいコミュニケーションの場を有しているだろうか。

声を発したにせよ、アホボケ、8時30分に出ろと相方に凄まれるといったような者さえいるかもしれない。

職業的にも経済的にもなんとかなったがしかし、そんな素朴だが実のあるコミュニケーションからは縁遠いというのが多くの者の真相なのではないだろうか。

 

脱衣所でカラダを拭いていると、その男が出てきた。

その体躯から、わたしは彼をタツジと名付けた。

 

真正面から見れば見るほどタツジ。

すべてのパーツからそうとしか呼びようがなかった。

 

わたしが先に脱衣所を出た。

待合を通るとき、女風呂から女性がひとり姿を現した。

時刻は8時35分。

キョウコに違いなかった。

 

あれだけタツジを目にしたのだからキョウコの方も目に収めておかなくてはバランスを欠く。

わたしは下駄箱の鍵を探すふりをしてキョウコの様子をしばし眺めた。

声のとおり朗らか色白の器量よしでワンピースっぽいブルーのナイトウェアがとてもよく似合っていた。

 

風呂屋を後にし、胸の内、わたしは33期の友人らに語りかけた。

わたしたちはタツジになる一歩手前で何かを失ってしまったのかもしれない。

 

気づいていないだけで、男子校を経た不自然さというのは、男子として身につけるべき何か凄みのようなものを欠く過程そのものだったとは考えられないだろうか。

そしてそれが一生つきまとう問題なのだとしたら、やはりわたしたちはわたしたち同士で仲良くするしかないということになる。

また飲み会で集まろう。

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