大阪特有の暑さが舞い戻った。
振り払っても振り払っても蒸した暑さが全身を覆う。
これほど暑いと土用の丑の日も大いに盛り上がったことだろう。
したたる汗をそのままにウナ丼をかき込んだ人も少なくないはずだ。
午前中、宅急便のおじさんが事務所に荷物を運んで言った。
ほんの少し中で涼ませてください。
隣のビルのエレベーターが故障していて、さっき水2箱を9階まで運んできたばかりだという。
涼しいからいいですね。
おじさんがこちらを羨むので、わたしたちもじっと室内にこもっている訳ではなく同じ暑さの空のもと頑張っている旨、説明した。
9階まで重い荷を運ぶようなことはないが、カバンに入れる紙束も決して軽いものではない。
といった言葉も頭に浮かぶが、これは言わずにおいた。
この日も早朝から業務に励んだ。
出だしから飛ばして完全燃焼し、夕刻には切り上げた。
仕事後、どこにも寄らずまっすぐ家に帰ることにした。
よく考えれば、一杯飲み屋より家の食事の方が断然おいしい。
寄り道する方がどうかしているという話であった。
家の玄関を開けると粗品が並んでいた。
絵に描いたような粗品がずらり。
読売新聞のおばさんが置いていったという。
今回の契約をたいそう喜び、何度も頭を下げお礼を言って帰ったという。
情にほだされ半年契約したが、この先、はてさて、どうしたものだろう。
数日前から朝日と読売の二紙が入って、この嵩は相当なものである。
一方、家族全員が忙しく、じっくり新聞に目を通す時間などどこにもない。
半年後、朝日を差し置いて読売を選ぶことは考えられず、新聞実売部数が激減の一途であるから半年後、契約更新を迫る営業のおばさんも必死であろうしそれを無下に扱うのも気が咎める。
困ったことだが、まずはいい風に考えよう。
家で二紙をとることで思いがけない副産物が得られるかもしれない。
だからしばらく様子を見よう。
そう夫婦で話し合った。
夕飯を終えリビングのテレビの前に腰を下ろした。
この土日、宗慶二先生の現代文を見逃していた。
まず先、遅れを取り戻す必要があった。
家内は宗慶二先生の授業を初めて目にして、大いに驚いた。
そう、彼はスター。
飛び抜けている。
まさに現代文の申し子。
天才、と言えた。
発せられる言葉が奔流となって、若者の思考を正しい方向へと力強く導いていく。
だから講義を聞けば知らぬうち、一級品の思考法が内に宿る。
試験を受ければ、実感するだろう。
宗慶二先生の声が聞こえてくる。
つまり、思考が正しく作動しているということである。
講義を見終えると、YouTubeの画面は星光33期同窓会の場面に変わった。
知った顔を見つけるたび家内は喜び画面を指差した。
天六のいんちょ、タコちゃん、カネちゃん、森山、谷口、ハザマ、まっちゃん、阿部、キジ、高岡さん、岡本、タロー、アキオ。
思えば、家内も結構な数の星光33期と会ってきた。
誰もが魅力的、ひとかどの人物。
かつ心優しい。
その人品骨柄について直に会って家内は実感として理解している。
彼らが勢揃いすれば当然、結構分厚い眺めとなる。
いつの間にか何十年という歳月が流れた。
星光を巣立って各自の持ち場に散じてそこで揉まれて身をうずめ、いつの間にやらくぐり抜け、気づいたときには羽が生え、再び会って、やあ久しぶりと声を掛け合った。
幼虫の頃、寝食を共にした付き合いがあるからこそ。
羽の生えた成虫になっても変わらない。
家内も傍で見ていて、あどけないとも言えるほどのその仲の良さを知っている。
33期がこうであるように、66期だって同じ風になる。
各種個性が各自の道で開花して、大人になって束になる。
息子がそんな懐のなかにいると思うから、33期の仲がいいと母としてそれはそれはとても嬉しいということになるのだった。