たまには一人で過ごしたい。
そんなとき行き先はひとつ。
正宗屋。
京都での業務を終えたのが夕刻。
事務所に戻ったときにはいい時間になった。
帰途、立花駅で途中下車し正宗屋の引き戸を開けた。
すでに大勢のおじさんらができあがっていた。
明日は雨だと気勢を上げている。
雨で仕事が休みになるというのだから建設業者の方々なのだろう。
嬉しくて仕方がない。
そんな様子でときおり奇声が発せられ、そのたび女将さんにたしなめられるが、下町の小学校のクラスみたいに誰も先生の言うことなど聞きやしない。
そんな喧騒を背にわたしはカウンター席にて沈思した。
何の偶然か、今週は受験にまつわる話を多く耳にした。
中学受験まで100日を切り、この入試に懸ける母らの緊張感が急激に高まっている。
だからだろう、行く先々で仕事の話のかたわら受験母らの胸中の吐露に耳を傾けることになった。
子のより良き人生を願っての受験。
その前提は誰もが共通していたが、よくよく聞けばいろいろな事情があるようだった。
誰もが「絶対に負けられない」何かを背負っていた。
嫁姑の関係が背景にあり、もし落ちれば「あなたに似たからじゃない」と言われるのが目に見えている。
あるいは、受験がママ友同士の代理戦争になっていて、もし落ちれば自分がアホだとばれてかつ哀れみの眼まで向けられる。
そうなれば耐え難い。
だから、絶対に負けられない。
こうして能力値が非常に高い母までが全精力を傾け受験に挑みかかるから、巻き込まれる子にとっては迷惑な話だろうが、競争は熾烈を極めることになる。
まるで雨を請い求めての祭りさながら。
夜が深まるにつれおじさんらの酒宴は更に盛り上がりを見せていた。
そのうち「あめふり」の合唱でも始まるのではないか。
そう予感させるほどおじさんらは明日の雨にご執心で、その激しさを願っているからだろう、先生もお手上げ、彼らの語調は強まる一方であった。