朝いちばんに北野天満宮を訪れ、絵馬を奉納した。
紅葉は最盛期を過ぎていたが、空の青に映え見応えがあった。
もみじ苑をぶらり歩いて、それだけで秋の京都を十分に満喫できた。
続いては焼肉にし田。
赤身は特上を各種600g、白身は400gずつ買い込んだ。
これでこの日の主たる目的は完遂となった。
あとは自由時間を残すのみ。
まずは昼食。
珍しく、家内がラーメンとの言葉を発した。
3年前、雪化粧した京都の地にて食べたラーメンが忘れられない。
家内はそう言った。
そう言えば、軒先のつららから水滴が落ち、その音を聞きながら家族で肩寄せ合ってラーメンをすすったことがあった。
ラーメンは寒い地域ほどおいしい。
そう確信するほどそのとき京都は寒かった。
昔の写真をたどって、すぐに店の名が判明した。
京都なるかみ。
11時半の開店と同時、全席が埋まった。
わたしたちはギリギリ間に合い、席にありつけた。
ラーメン、エビめし、餃子を頼んで、おいしい、おいしいと絶賛しながら夫婦で分けた。
隣の席に店の常連と見える老夫婦がいて、わたしたちはチラチラとその様子に目をやった。
わたしたちもいつかあんな風になるのだろう。
なるかみを後にし、クルマを東へと走らせた。
茶寮宝泉は、賀茂川を越え高野川へと至る手前に位置していた。
この2つの川が出町柳で合流し鴨川になるのだと、わたしは生まれて初めて知った。
庭園を眺めわらび餅と栗しるこを食べ、抹茶をいただき、夫婦でしばし無為の時間を過ごした。
ぼんやりするだけで、気分がいい。
こういった「間」の時間をしみじみと味わえるのが京都の醍醐味。
やはり京都は日本人にとって特別の地と言えた。
長居すると道が混む。
我に返って、帰途についた。
道すがら鍛金工房WESTSIDE33で用事を済ませ、そのとき事が起こった。
クルマへと戻る道は狭い路地。
そこを地元のちびっ子らが駆けていた。
それを目にして、家内の脳裡に昔のことが蘇った。
昔々、うちの子らも下町の路地を走り回っていた。
肌寒い季節、着ているのはフリース。
西松屋で1,000円のものだった。
少しでも可愛らしい装いにしようと、家内はそのフリースにアカチャンホンポで買ったクマのワッペンを貼り付けた。
辺りを見回せば、クマのワッペンをつけた息子たちと当時の自分がいるのでは。
できれば何か言葉をかけてあげたい。
そう思った瞬間、家内の目には涙が浮かんだ。
午後3時前、名神高速はがら空きだった。
ノンストレスで帰路を走って、夜は焼肉になるから、二人揃ってジムへと赴いた。
ちょうど修理が必要だったので家内が自転車に乗り、わたしが小走りでその横についた。
自転車屋にチャリをあずけて小一時間ほど筋トレに励み、帰り道、十一屋で赤ワインとサッポロの赤ラベルを買った。
夜のベランダ。
澄み渡る空に、幾つもの星が瞬いて見えた。
夫婦で肉を焼き、焼きながら食べ、お腹が膨れても次々と肉を焼いた。
この二人から二人が生まれた。
それがとても不思議なことに思え、同時に喜びにも感じられた。
視線の先に見えていた満月を頭上に見上げる頃合い、ようやくすべての肉を焼き終えた。