日が暮れて、極寒とも言えるほどに冷え込んだ。
足がすくむが余計なことは考えない。
無心になると自ずと足はジムへと向いた。
みっちり一時間かけて筋トレし、帰途、自身をねぎらうような気持ちになって満足感に包まれた。
「続けるコツは続けようと思わないこと」。
そんな言葉が頭に浮かび、だから内田和俊さん著の『10代の「めんどい」が楽になる本』(KADOKAWA)を手にとって、風呂で再読することにした。
ページをめくる度に思った。
若い頃にこういったことを教えてもらっていたら、どれだけ励まされどれだけ清々しい思いで青春の日々を過ごせたことだろう。
この本に詰まったエッセンスを若いわたしは何も知らず、実地で悪戦苦闘しながら学んで体得するほかなかった。
膨大な時間をかけてようやく安寧の境地へと近づくことができたが、もし教わっていたら、あの労苦の数々を経ずに済んだはずである。
当時を笑って振り返ることができるのは、なんとか不時着できたからこそ。
労苦などなければないに越したことはない。
思えば若気の頃のメンタルは不安定そのものだった。
このままではいけない。
ちょっとしたことでそう思って、そのたび滅入って萎縮した。
それでまた、このままではいけないと思うから、気が急いて地に足つかず、試みはブレて空回りし遠回りとなって、結局、気苦労が気苦労を呼ぶといった悪循環に陥っていった。
等身大の自分を知り、自分にとって自然な歩幅を知り、それでいいのだと知る。
そんな基本を知らず、自分自身であることを否定するような心的態度を常態としていたのであるから、落ち着ける訳がないだろうという話であった。
歳を重ね今は自分自身に安閑とでき、それでいていろいろなことに気負いなく前向きに取り組むことができる。
だから人生の居心地は悪くない。
『10代の「めんどい」が楽になる本』を湯につかって読みながら、ヒヤヒヤするような思いで自身の半生を振り返り、著者である内田さんも同様だったのではないかと想像した。
ヒヤヒヤを通じて得た学びがあって、それを自身の胸の奥に留め置くのではなく若者に伝えて託す。
先輩が経た労苦の大半を後輩は味合わずに済む。
ワンフォーオールとはまさにこういったことを言うのだろう。
先輩の鏡。
そう思え、著者に深い親しみの念が湧いた。