上京にあたって家内はかなりの量の料理を用意した。
子らにおいしいものを食べさせる。
それが生きがいの家内である。
こんな機会にぼーっとしている訳がない。
家内が作り、わたしが運ぶ。
重い荷物を運びつつ、家内と行動をともにして痛感した。
わたしの行動力が時速1mだとすれば家内のそれは秒速。
行動力を数値化できるとすればそれくらいの差がある。
わたしだけなら、動かない。
家内がいるからあちこち動いて、この目で見て耳で聞いて世界が広がることになる。
水曜の昼、ホテルに荷物を預けてすぐ自転車を借りた。
家内の後について界隈を走り、子らに持たせる老舗の銘菓などを各種買い、翌日もまた自転車駆って、都内各地を巡った。
この二日間だけで、わたしの学生時代の行動範囲があっけなく塗り替えられた。
そんな活性の塊が子らを育んだ。
当初はサル以下だった息子二人が人並みの知能を得たのは、家内の行動スタイルに拠るものと言っていいだろう。
そんな行動派揃いの家族である。
軌跡を重ねるのは至難の技で、交差するだけでも御の字。
土曜夕刻、部活の練習を終えた二男を高田馬場で待ち受けタクシーで下宿先を訪れた。
自炊に足りないものを家内が検分しながら息子に料理を伝授し、その間、わたしは周辺をぶらついた。
行列の絶えない油そば屋がたまたま空いていたので、ここで会ったが百年目と迷わずに暖簾をくぐった。
食べ終えて戻った後も、まだ家内と息子は何やかやと作っていた。
結構な量の作り置きが出来上がり、わたしたちは二男の下宿を後にした。
当初は一緒にホテルに向かう予定であった。
しかし、翌日に練習試合があり色々と準備があるという。
仕方なく、近々の再会を約束しそこで別れた。
東京滞在後半の宿泊先は渋谷。
長男が先ごろ武蔵小杉から下北沢に転居した。
その下宿先を訪問するのに近くてうってつけ。
そう思って渋谷を選んだのだった。
が、二男だけでなく長男も忙しい。
土曜夜、部活の練習のあと友だちと会う約束がある。
そう言うからやむなく、渋谷のホテル下で待ち合わせ、料理のお裾分けを手渡した。
長男の背を見送って家内は寂しそうな表情を浮かべた。
どうせまたすぐ会える、とわたしは言った。
次に会うとき、男っぷりが数段上がって、二人が見違える。
つまり、楽しみだけが増えていく。