わたしが結婚したのは30歳直前で、そのとき母は55歳だった。
自身が50歳を過ぎて思う。
当時、母は若く、77歳で人生の幕を閉じるまでずっと変わらず若かった。
線香をあげ遺影に見入り、人生の呆気なさを痛切に感じた。
あと数年でわたしは55歳となり、振り返れば30歳だったのはつい先日のことだった。
この間を四半世紀と呼べば長く感じるが、あっという間に過ぎたという感しかない。
始点に立てば分厚く見える時間も、終点で振り返れば薄皮一枚程度。
なんと儚いのだろう。
77歳で終幕。
母本人をはじめとして、そこに終点があるなど誰ひとり思いもしなかった。
幕切れは唐突にやってきて、乞い願っても続きはない。
わたしたちはまるでドラマにでも夢中になるように人生の続きに期待を寄せて時を追う。
が、最後の最後、最終回といった体のいい着地点などどこにもないのだった。
えっ、と絶句してすべてが終わる。
中年や老年にでもなれば「終わり」について心構えができ、達観したようにその最終章を受け入れることができる。
若い頃はそう思っていたが、とんだ見当違いだったようである。
母を見送って痛感した。
死は理解の範疇外。
つまり、わたしたちはいつだって人生の初心者で、生のなんたるかを知らず、若気の至りにずっと留め置かれる存在なのだった。
であれば、踊らにゃ損損。
この不条理に抗するにはそれしかないのではないだろうか。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆 なら踊らにゃ損々。
どんな宗教的な言辞をも超えて啓示的。
小気味いい二拍子のリズムで繰り出される阿波踊りのこのフレーズが至言に思える。
誰もがそうであるように母も労苦と無縁な人生ではなかった。
が、晩年、友だちと仲良く遊びたくさんお喋りして、孫の成長に目を細めた。
そして夢見るように幸福なまま、突如、帰らぬ人となった。
母のその幸せな夢は向こうで実は続行中なのだと思いたい。