電話が鳴った。
見知らぬ番号からである。
前夜は受けなかった。
が、いまは業務中でちょうど仕事の合間。
対応する余裕があった。
電話に出ると相手は遠い昔の知り合いだった。
ありきたりな挨拶の後、相手は用件を切り出した。
北新地でバーを運営しているんです。
今夜、来ませんか。
ご馳走しますよ。
プライベートな顧客に限ってご招待しているので、心配は要りません。
積もる話もありますし、いろいろ相談したいこともあるんです。
その知人との間に積もる話などないはずで、酒を酌み交わし何か親身に話す仲でもない。
緊急事態宣言が明け、スタートダッシュとばかりに営業をかけてきたのだろう。
わたしのような堅物にまで声を掛けねばならないのだから窮状が察せられた。
いきなり今日は無理なので、また折を見て寄らせてもらいますよ。
社交辞令を並べて身をかわし、なんとか電話を切ったのであったが、まもなくメッセージがいくつも届き始めた。
では明後日はどうですか。
女の子も二人ほど呼んでます。
明後日も申し訳ない、予定がありますと返信し、その後、同様のメッセージが続いたので、返事をやめた。
わたしは初手の誤りを悔いた。
いまお酒をやめて49日目なんです、ここで飲み屋に行くのは躊躇われます。
あるいは。
このご時世、夜に出歩くことは控えているんです。
そう最初から断っておけば、相手も食い下がってこずわたしも面倒な思いをすることはなかった。
相手の感度を読み間違えれば社交辞令が空を切る。
そうなると気まずさだけが後に残る。
そんな好例と言えるだろう。
夕刻、仕事を切り上げ帰途についた。
乗り換えのためJR尼崎駅のホームに立っていると、ヨガを終えた家内からメッセージが入った。
いまどこ?
偶然、家内も同じ場所。
どちらも同じ電車に乗っていたのだった。
ホームを移動し家内を見つけ、荷物を受け取った。
今夜は手巻き寿司。
途中、たこやで刺身を仕入れてきたという。
わたしが夜の街に出ることは滅多にない。
誘われて出るにしても、相手は数限られている。
33期やそのつながりの数名と後はチラホラ数える程度。
ホイホイ出歩かなくても、夜の色艶にニヤニヤしなくても、十分に心が満たされている。
交流の領域は狭く限定されているが、これは恵まれた話と言っていいだろう。