雨が小降りになって往来を見ると傘を差さず歩く人がちらほら見えた。
窓の外に手をかざすと、水滴がたまに落ちてくる程度。
この瞬間を捉え、わたしは事務所を後にした。
念の為、傘を持って出たのが不幸中の幸いとなった。
堺筋本町にある役所に寄った。
小一時間で用事を済ませて外に出た。
引き続き水滴がたまにカラダに命中する程度。
この分だと傘は要らない。
そう思った矢先、轟音とともに一気に雨が降り始めた。
銃撃隊の真下にいるようなものであり、無際限に放たれる雨滴は瀑布と化した。
ビニール傘などあるだけマシという程度でほとんど用をなさなかった。
視界の向こうに心斎橋筋商店街が見える。
そこまで行けば雨が凌げる。
足元の濁流を避け足を運ぶ。
が、雨の勢力は容赦なく、数々の濁流が交差して呆気なく陸地は沈み、まもなく靴も靴下も雨の軍門にくだった。
そして、ここに至って不思議なことに気分が晴れた。
生きていれば雨にも打たれる。
気温が下がって心地よく、四方から降り注ぐ雨が清涼で実に爽快。
要は心の持ちよう。
見方を変えれば、突如の雨でさえ喜び愛でる対象と成り得るのだった。
ようやくアーケードの下にたどりつき、濡れそぼった野良犬みたいにカラダをプルルと震わせた。
あとは家に帰るだけ。
頭に風呂を浮かべて、その一念。
暮らしの本拠を目指し地下に潜った。
御堂筋線の電車に乗ろうとするところで電話が鳴った。
長男からだった。
電車を一本見送って、息子と話す。
いくつかの実務的なやりとりの後、彼が言った。
このあとゼミがあって夜は食事会が予定されている。
試験が近いから食事会は欠席し勉強しようと思う。
逡巡する気配を察知して、わたしは言った。
勉強などいつでもできる。
食事会を優先すべきだろう。
何の変哲もない日常は文字通り平板で、ちょいと変わった非日常の方にこそ情報が詰まってそこに出合いも潜む。
たとえばの話。
もし雨を嫌って事務所にこもっていれば、こんな思い出深い瞬間に出合うことはなかった。
迷う余地なし。
何かありそうな方を選ぶのが得策だろう。
そして、夜。
息子からゼミの集合写真が送られてきた。
みな笑顔。
行って良かった、との言葉も添えられていた。
得られる情報が多い方。
迷えばそちらの一択だろう。