出勤時、家内が自作のアロマを首筋などに塗布してくれた。
ミントやレモンなど各種のアロマが贅沢にブレンドされていて、清涼な香りが匂い立った。
携帯用のスプレーも持たせてくれた。
これでいつでも清涼を呼び寄せることができ、肌から染み入る冷涼が夏の暑さからこの身を守ってくれる。
阪神甲子園から近鉄線を使ってまずは奈良に向かった。
冷房が強く耐え難い。
寄る年波ということことか。
そんなことを思っていると、妹からメールが届いた。
一読し怒りでカラダが一気に熱せられた。
とある中年女性の話であった。
かねてから悪評の絶えないいわくつきの中年女性なのであるが、このところ根も葉もないことを近所で吹聴しているとのことだった。
うちの母は誰にでも優しく接し、分け隔てなく人と付き合った。
が、このアクの強い中年女性だけは苦手にし、できるだけ関わらないよう距離を置いていた。
それなのに、この中年女性。
まるで母と親しかったかのように、食事やお茶を何度もおごったといった話に加え、母が得た病について事実無根の話を触れ回りかつ訳知り顔で病状の経過まで解説し挙げ句には看病までしたと言っているのだという。
息子であるわたしにさえおごろうとする母が日頃避けて通る歳下の中年女性におごってもらう訳がなく、病については経過も含め家族以外に知る者はない。
注目を集めるためならウソまで平気で動員する厚顔無恥には単に呆れ果てるだけであるが、うちの母を担ぎ出すとなれば許しがたい。
我慢ならず、大和西大寺で降りるや否や聞いた番号に電話した。
呼び出し音が数回鳴って当の中年女性が電話に出た。
「あんた、ウソつくな」とわたしは単刀直入に伝えた。
悪びれた様子もなく中年女性は反論し始めたが耳を貸さず「ウソもたいがいにしろ」とわたしは語気を強めウソの数々を指摘していった。
途中で電話が切られたのですぐに掛け直した。
が、繋がらない。
一事が万事。
すべてをウソで塗り固めたような俗物だった。
金ピカのアクセサリーとブランドもので身を固め、しかしそれらはコピー商品であり、キラキラはまるごと全部が嘘っぱちで実はお金に困っている。
そのうえ、娘たちの名も浮きに浮いてキラキラし、そこに中年女性の知性の底が如実に表れているのであるが、自慢気に話す経歴も留学経験も娘が卒業したという学校名も全部が全部が嘘っぱちなのだというから、ここまでくれば嘘つきも堂に入ったものと言えるだろう。
なるほど、ウソはタダ。
身を飾るのにこれほど安上がりなものはなく、苦労して実を備えるなどまどろっこしく、ウソつく方が手っ取り早い。
そんな確信的な不届者であるから下手に関われば何を言い出すか分からず一種の地雷とも言えたが、わたしの身内について触れてくるとすれば汚らわしい。
地雷であっても踏み潰さねばならないだろう。
間を置いて何度か電話をかけるも依然として繋がらない。
もうしませんとまで言わせたかったがあきらめて、わたしは電車を乗り換え京都に向かった。
電車に揺られるうち怒りの炎は静まって心は平穏を取り戻していった。
いつものとおりにこやか仕事をこなし、夕刻、伊勢丹に寄って家内に頼まれた買い物を済ませて帰阪の途に就いた。
家に帰ると風呂が沸いていて小一時間ほどくつろいで、それですっかり気持ちはやすらいだ。
あとは夕飯を食べ家内と一緒にドラマを観て過ごし、家内に対しこの日の噴火については触れずに済ませた。