せっかくだから歯のケアをしてもらおう。
母校の部活に顔を出した後、二男はそう思い立った。
夕刻、予約の時間に合わせ西田辺に向かい、きじ歯科を訪れた。
優しい歯科衛生士さんがたっぷり時間をかけ歯を隅々まできれいにしてくれた。
またねと礼を言ってクリニックを後にしようとするとき、わざわざ院長がお出ましになって言葉をかけてくれた。
前に座る二男からそんな報告を受け、わたしは不思議の念に捉えられた。
場所は焼肉宝園の二階個室。
なかなかの居住感でくつろげる。
貴治院長は大阪星光33期。
うちの息子は66期。
つまり先輩と後輩という関係になる。
貴治くんを皮切りに愛すべき33期の面々が次々と頭に浮かんだ。
全員がうちの息子の心優しくも頼もしい大先輩ということになる。
巨大なゆりかごの上に置かれているも同然。
なんと恵まれた話だろう。
わたしは二男に話す。
昨日、33期の狭間くんと会った。
医者をやりつつ複数の法人を率いてかつ大学教授の職にもある。
そんな彼のもと文部科学省から封書が届いた。
薬剤師教育の指針を定める重要な会議の一員として声が掛かったのだった。
「びっくりするくらいに他のメンバーが錚々たる顔ぶれやねん」と狭間研至氏は笑って言ったが、それはつまり彼自身も凄いということに他ならない。
星光生はいついつまでも謙虚なまま、知らず知らず偉い人になっていく。
わたしの話を受け、二男は66期の仲間全員の未来を思い描いた。
自分が将来どうなっていくのか。
それだけに留まらず皆がどうなっていくのかという近況に触れることも楽しい。
ひとしきり未来に思いを向け、先々になって増す大阪星光の素晴らしさが二男にもちらと理解できたようだった。
いつもは二万語を話す家内もこのときばかりは黙って父子の話に耳を傾けていた。
夫と息子は中高だけでなく大学についても先輩と後輩の関係にある。
貴重な対話の場面において誰が話すべきか。
家内はちゃんと心得ているのだった。
史上最高に美味しい。
焼肉宝園の肉は二男にも大好評だった。
赤身の上物から始め、時に白身を挟み、都合3回、網を変えてもらうくらいに肉を焼いた。
もう腹いっぱい。
そう二男が言ったところで、最後に上ミノを注文して肉を締め、食後のデザートとして冷麺三人前を頼んだ。
冷麺は別腹。
するすると皆の喉を通ってあっという間に腹に収まった。
長男が帰省した際、また来よう。
そう話し合って店を後にし、前に停めてあったクルマに乗り込んだ。
帰りはわたしがハンドルを握った。
お腹が膨れてみな上機嫌。
おのずと家内が歌い始めて二男も歌った。
ブルーノ・マーズの「トーキング・トゥ・ザ・ムーン」は二男の塾の送迎の際によく聴いた曲で「カウント・オン・ミー」は二男が留学する直前に一緒に聴いた曲だった。
二男を助手席に乗せて走った過去の思い出が数々よみがえり、ここで十分に瞼は熱くなっていたが、続いての曲がジャーニーの「ドント・ストップ・ビリーヴィン」になったときには、目に涙が浮かんでしまった。
長男が中一のときにヘビロテした曲であった。
二男に続いて長男まで助手席に姿を現したようなものであるから、懐かしさがビブラートして、涙腺が緩むのも致し方のないことだった。
そんな父のウルウルになど誰も気づくことなく、音程はめちゃくちゃ、歌詞も発音もテキトーな二人の歌声はより一層そのボルテージを上げていった。