夜、虫が鳴き始めた。
まもなく秋。
季節の移り変わりを思いながら、その音色に耳を傾けた。
しんと気持ちが静まって心地いい。
が、次第その音色が「ビーマイベイビー、ビーマイベイビー」と聴こえ始めもう他に聴こえようがない。
そうなると誰かのシャウトのように思えてきて、耳に障って不快。
とてもではないが眠れない。
窓をピシャリと閉め切った。
この日、二男と話をした。
問題があれば越せばいい。
賃貸はその点で気軽。
わたしはそう助言した。
西早稲田といってもその集合住宅には早大生だけが暮らす訳ではない。
他大生が集まって頻繁に酒盛りなどしていてその輪に入る気もなければ、傍迷惑な話でしかない。
管理人に言ってどうこうというのも邪魔くさく、下手に関わってこじれればこのご時世、何が起こるか分からない。
さっさと引っ越すのが得策だろう。
幸い東京には魅力的な街が幾つもある。
一つ所に居を定めるより、幾つもの地に馴染んだ方が世界は肥沃となる。
そのように話し合い転居先について考え始めたとき二男が言った。
兄貴と一緒に住んでもいい。
それでは東京に出た意味がない。
大都会のなかひとりぼっちで暮らし、自身と向き合うからこそ意味がある。
沈黙のなか凝視した何かが後になって多くの示唆を与えてくれる。
秋が深まり始める10月、東の地にて。
女房を伴い息子と一緒に彼の居を探す。
わたしたちもまた新しい地と出合うことになる。
考えるだけで心が弾む。