バイタリティが並ではない。
だから興味があれば試みる。
家族のために。
まずはそんな動機から耳ツボの施術を知人から教わった。
センスがいいから飲み込みが早く応用も利いた。
周囲に試すとすぐ評判になった。
だから、施術に関するイベントがあると声がかかった。
喜びの声が幾つももたらされ、家内はやりがいを感じた。
せっかくだからフィールドを広げよう。
バイタリティが並ではないから、そう発想するのも自然なことだった。
何に対しても好奇心が強く、取り組もうとする意欲が高い。
これは人が持つ素養のなか最も評価されてしかるべきものだろう。
人が人となったのもそんな人が人を牽引したから。
そう容易に想像できる。
家内の頭に隣町の芦屋が浮かんだ。
古くからの知人がいてその伝手を頼ればアクセスできる。
きっと多くの人に喜ばれるに違いない。
それである日のこと。
家内は芦屋の某所に出かけ、自身の惨状に直面することになった。
セレブやセレブ風情。
そこはその種の主婦らが集う場所であった。
のこのこと家内は顔を出して、しかし、伝手となるはずだった人は素っ気なかった。
「ほんとに来たのかよ」
そんな不快が表情から読み取れた。
紹介してくれる訳でもなく、家内はひとり一段低い「離れ」で捨て置かれたようなものだった。
集う主婦らはテーブルを囲み優雅にお茶を飲み、そこから遠目の視線は飛んでくるが、「お呼びではない」とその無関心が物語っていた。
で、ようやく家内は気がついた。
強烈な序列意識の磁場のなか、いま自分はその最下層の位置にある。
アプローチの仕方を思えば、どこからどう見てもここに不適切に紛れ込んだ闖入者に過ぎなかった。
伝手となるはずの存在は、引き続き迷惑そうな顔をしていた。
家内の存在が彼女の氏素性を映し出してしまうから。
それで無視を決め込んでいるのだろうと思えた。
とてもではないが長くは耐えられず、家内は曖昧な存在のままその場を辞すほかなかった。
最下層体験は辛く悲しいものであった。
しかし、それで怯む家内ではなかった。
西が駄目なら東がある。
芦屋からは一旦撤退し、家内は東の地に目を向けた。
ちょうど家内に積極的に声をかけてくれる伝手があった。
全身の施術を行うサロンのような場所で、家内は時間の合間、耳つぼの需要に応えた。
好評を博し、家内は大いに活気づいた。
世にはいろいろな人がいていろいろな事情があって、一様にみな疲れている。
そんな人の役に立てることが素直に嬉しかった。
しかし、そこでもやがて伝手となった人物に疎まれることになった。
女子は何やら、ややこしい。
要するに女の敵は女。
そういうことなのだろうとわたしは思う。
接する機会が増えるごと、コミュニケーションの端々から家内の暮らしの実相が明瞭になっていく。
マッチ売りの少女のごとく憐憫を誘えば好意を寄せられても、そうでないと分かれば時にその好意は反転していく。
家内は頑張って続けようとしていたが、結局、わたしが割って入って辞めさせた。
そこは生きるための「必死」を余儀なくされる場所。
ナイーブなやりがいや趣味道楽の出る幕はない。
能力値が高いから何をやってもそのうち一線に躍り出る。
そうと分かるがここはいったん身を退こう。
息子が二人いてまだ手がかかる。
まず目を向けるべき実益はそこだろう。
夫婦でそう話し合った。
そのようにして何でもこなせる多芸多才は引き続きその力を全て家族に注ぐことになった。