一件目の仕事を終え、京都駅の地下で昼食を求めた。
洛南中学の入試が終わったばかりのようで、親子連れの姿が目立った。
そう言えばいま関西は入試シーズン真っ只中なのだった。
しかし、わたしたちにとっては遠い昔のこと。
当時の緊迫感は薄れるばかりで当事者だったことが他人事のように感じられた。
二件目の用事を終えるとあたりは暗くなり始めていて風がひんやり冷たさを増していた。
わたしは京都駅から普通電車に乗って岸辺駅で降り、長谷クリニックを訪れ待合室の椅子に腰掛けた。
ひとりのおばさんがちょうど会計を済ませるところで、見るともなくその様子に目をやった。
おばさんは手に持つ買い物袋をクリニックの受付に見せ、うふふと笑って言った。
「これ、今夜の夕飯」
そして、言葉を続けた。
「ほんとうに長谷先生に診てもらってよかったわ」
なるほど、クリニックは日常をつなぎとめる場所。
脈絡のない「夕飯」と「診察」が、ここでもたらされた安堵によってひとつの会話として繋がるのだった。
わたしはおばさんの内心を思ってその安堵に同化し自分の番を待った。
院長の明るい笑顔に迎えられ各種数値について説明を受け、その際、わたしは父の数値についても意見を伺った。
まるでミステリーの謎解き。
そこで為された推論が実に明快簡潔で、わたしは大いに感心させられた。
原因は自転車かもしれませんね。
思ってもみなかったが、そう言われてあっさりわたしのなかで謎が解け、もはや自転車以外に犯人は考えられなかった。
ときに素人考えは無闇矢鱈と深刻な方へと突き進む。
誤った道に迷い込まぬよう、やはり専門家に先導してもらうのが正しいとわたしは痛感した。
クリニックを後にし薬局に寄った。
子連れの母親が薬剤師と話し込んでいて、最初はそばで行儀よくしていた子どもたちがそこらを動き回りはじめた。
少年はウォーターサーバーの水を酔っぱらいのマネをしながら何度もおかわりし、その姉はテレビを見て、辺りはばからぬ大声でママに訴えた。
「ほらほら、ママ〜、蓬莱さんの天気予報がはじまったよ」
この家では蓬莱さんが人気者なのだろう。
少年と小さな妹がその声でテレビの前に駆け寄って、今度は妹が言った。
「ママ〜、あしたは晴れのちくもりだって」
わたしは目の前の母親に目をやった。
機能重視な服装、簡素に束ねただけの髪、そんな様子からみて母親は子育て真っ最中で必死のパッチ、そんな暮らしを送っていると窺えた。
薬剤師と話す間、母親は終始でんと構えて子らがどうしようと意に介さなかった。
が、テレビの前に集まる子どもたちの方に視線を向けたとき、その表情にふんわりとした笑顔が浮かんでいるのが見えた。
その横顔に見て取れたのは日常への愛だった。
たいへんだけれど幸せ。
一言にすればそうなるのだろう。
みながみな幸せでありますように。
冷え込みが増すばかりの夜、しみじみとそう思った。