あり得たはずの大切な思い出

まもなく午後8時。

玄関を出ると隣家からの差し入れが門扉の脇に置いてあった。

その紙袋を後部座席に積みクルマで家を出た。


夜にハンドルを握ると暗がりに滲み出していくみたいに意識が拡張する。

静かな夜、人通りもない道を走って、運転している者の意識は広大無辺で目まぐるしい。

 

漫画の吹き出しのようなものが次々と生まれ出て風船の束となり、そこに様々な思い出が映し出されていく。

楽しいものもあれば悲しいものもある。

それら思い出とともに、夜道を進む。

 

当然そこには母の面影が幾つも浮かんでいた。

 

2月14日と言えば母の誕生日で、わたしは毎年実家を訪れた。

昨年は非常事態宣言の時期とちょうど重なり、訪問を控えた。

 

その前年は仕事が忙しくて誕生日の前日、通りかかった際に実家に寄った。

寿司を携え玄関先で母にそれを渡して、また今度と言ってわたしは仕事に戻った。

 

誕生日のお祝いに訪れるのがそれで最後になるなど、そのときは思いもしなかった。

 

夜道でひとり思い知った。

大事な日にはほんとうに大事なことが先でなければならない。

この歳に至ってわたしは優先順位というものをまったく理解していなかったのだった。

 

忙しいといって、そのときに取り掛かっていた業務のことなど記憶にない。

一日ずれたところでさして影響はなかったに違いない。

 

母と一緒に寿司を食べて一緒にビールでも飲むべきだった。

あり得たはずの大切な思い出をわたしは失って、取り戻す術はもはやない。


まもなく西宮北口のロータリーに到着した。

時間にしてわずか10分足らずの道中であったが、心をよぎったことの量は膨大であった。


ぐるり回ると家内がこちらに駆けてくるのが見えた。

助手席に乗った家内に後ろの荷物を見せると家内はすぐ隣家の奥さんに電話をかけた。


その賑やかな声を聴きながら、もと来た道を引き返す。

もう二度と大事な時間を失わない。

そう思った。

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2022年2月15日朝食 息子に送った食料のおこぼれ 型崩れした煮玉子と小ぶりのエビフライ